第一話
総合日間完結済1位(20230919)
我が家では、五代前の当主が作った、絶対に厳守しなければいけない家訓がある。
それは『女児が生まれたら、必ず隣国で学ばせ、必ず隣国に嫁ぐこと』というものである。
なぜ、女児限定で嫁入り先まで隣国に限定されているかは、この家訓を作った五代前の当主のいた時代の出来事に由来する。
当時、王子には、公爵令嬢という婚約者がいたのだが、庶子で後に養女として引き取られた男爵令嬢に惚れ込んでしまい、王子は学院の卒業夜会で盛大に公爵令嬢を断罪し、真実の愛こそ全てだと、強引に男爵令嬢を王妃として迎えるという事件があったのだ。ちなみに、公爵令嬢は冤罪である。
その男爵令嬢は、自由奔放と言えば聞こえが良いが、はっきり言うと、教養もなく所作もなっていない無作法な女だったのだが、王子には、笑顔が絶えず、愛嬌のある、ちょっとお転婆な世間知らずな令嬢に見えていたとか‥‥‥。
五代前の当主含め、まともな御学友は進言したそうだが、王子はそれを無視し、そういった御学友は遠ざけられた。公爵令嬢も、令嬢として婚約者のいる殿方―――王子との距離感を弁えるように男爵令嬢に注意をしたが、それを虐げられたと大げさに王子に泣きつき、例の断罪で、公爵令嬢は酷い汚名を着せられてしまう。
ここまでなら、まだ我が家の家訓は出来ていなかったが、この後、我が家の家訓が出来上がる出来事が起こる。それは、そうやって結ばれた王になった王子と、王妃になった男爵令嬢との“子育て”だ。
まず、前提として王子は男爵令嬢を溺愛していた。教養のない男爵令嬢は、教師に虐められたと王子に泣きつき、王妃教育を逃げ、王子はそれを容認。王子的には自分がしっかりしていれば大丈夫だと豪語。その結果、とてもではないが公務に出せない王妃が出来上がってしまう。
だが、この国の教育レベルはある程度高く、王子の教育は完璧。自分がしっかりしていれば大丈夫だと豪語しただけのことはあり、王だけで公務は滞りなくこなせたので、周りを黙らせた。
二人には、男児が生まれ、自分と同じように王は完璧な教育を施した。なので王子は優秀。だが、こんな二人の子育てだ。ひどい恋愛観を子供に植え付けたのだ。
「真実の愛ほど尊いものはない。結婚するなら真面目で堅苦しい頭の良い女性より、愛嬌のある明るい女性の方が少々勉強など出来ずともおまえが幸せになれるんだよ」
結果、王子は母―――王妃のような女性を好むようになり、娶ったのは教養のない着飾ることに全力の子爵令嬢。当然、王妃教育は逃げ出した。この時点で、二代続けて公務に出ない王妃が続く。そして刷り込まれる恋愛観の植え付け‥‥‥。
二代続く頃には、この恋愛観も、お茶会好きな王妃により広まり、時代錯誤なことに、女性の教養は必要なく、外見を磨き、愛嬌のある女性が良しとされてしまう。そうすると、王国の学院は、令息は勉学し、令嬢は勉学に励むことなく出会いの場として通うようになり、女性の学力は凄まじく低下していった。
そして、女性の地位と立場も逆行。男性優位に拍車がかかったのである。
五代前の当主含め、まともな者たちは危機感を募らせた。そして我が家の家訓『女児が生まれたら、必ず隣国で学ばせ、必ず隣国に嫁ぐこと』が誕生する。
五代前の当主は先見の明があったのだろう。いや当然の結果と言えばそうなのだが、王家の子育ては脈々と続く。もう五代も、頭の悪い女を娶る王子と、まともに公務に出ない王妃が続き、五代も続けばそれは“普通”の価値観となるのである。
その結果、周辺国からは、絶対にあの国に娘を嫁がせてはならない。公務に出られない王妃のいる国として嘲笑されているのだが、王家もこの国の殆どの貴族もそれを知らない。
我が家含め、五代前の当主と同じくまともだった者たちの家のみ、代々、娘が生まれたら必ず隣国で学ばせ、隣国に嫁がせるか、まともな家同士で婚姻するようにしているのである。
と言うことで、伯爵家の長女である私も例のごとく家訓通りに、隣国である帝国の名門校、帝国教育学院に留学し、勉学に励んでいる。
帝国は、この大陸で一番教育に力を入れている国で、貴族も平民も幼少期より学べる数多くの学校が運営されている。その中でも、帝国教育学院は、難関試験を突破した優秀な子息、息女が身分問わず通う帝国一の名門校である。当然の如く、隣国で学び、隣国に嫁いだ父の姉―――伯母を頼り、私も幼少期より帝国で学び、難関試験を経て帝国教育学院に入学した。帝国の嫡男に求められるのは、教養の高い嫁。なので、帝国一の名門校である帝国教育学院に入れば、帝国での嫁入りに留学生だろうが不利がなくなるからだ。
そして、十四才。もうすぐ学期末だという頃に、実家から緊急の知らせが届く。伯爵家の父は、国の内政にも関わるのだが、そこで決定したある事を急ぎで知らせてきたのだ。よほど急いでいたのであろう、短く走り書きされた知らせにはこう書かれていた。
『王子が帝国教育学院に二年間留学する。関わるな』
大陸一の名門校なので、大陸各地の王族や皇族達もこぞって留学しており、同級生にも他国の王族や皇族がいるが、我が王国の王子が帝国に留学なんてあり得ないと思っていた。
なぜなら、我が国―――王国は、そこそこ教育レベルの高い国で、それを誇りに思っているので、隣国の教育レベルの高さへの嫉妬もあるのか、一度も王子を帝国に留学させたことはないのである。
それが今になってなぜ???
父の進言通り関わりたくないな、と思っていたら、次の日にはもう噂が広まっていた。
「ねえ、ソフィア。あなたの国の王子が新学期から来るって本当なの?」
私の学友、帝国の公爵令嬢でもあるクレアが、興味津々な目をして尋ねてきた。凛として美人で、特に語学が堪能な彼女は、帝国の第二皇子の婚約者でもある。
「もう噂になってるとは‥‥さすが帝国。早いわ。私も昨日、お父様からの知らせで聞いたばかりなのに」
「そうなの?なら本当なのね。ふふ。あなたには悪いけど、あの国の女性への価値観でこの学院で過ごすのでしょ?ちょっと楽しみで。ふふふ」
「笑い事じゃないわよ。でもそうね。ふふ。きっと、去年ご卒業されたモリス様と同じことになりそうね」
私達が言う、モリス様とは、二学年上の我が国から留学していた侯爵家の嫡男だ。
ちなみに、我が家やまともな考えを持つ家の貴族ではない。
国の教育レベルの高さへの嫉妬から、王族や貴族の男子の留学は国への反意と見られてしまうので、モリス様の留学は異例中の異例。ちなみに女子の留学は、文句を言われることはない。
身分も高く頭もよく顔も良いので、当然、王国のように令嬢たちから、色目を使われ媚を売られちやほやされると思っていたモリス様は、留学早々に、この学院の令嬢たちに爪弾きにされたのだ。
過度な女性への接触に、当然、教養と礼節のある学院の令嬢たちは無礼だと避けるようになり、外見や身体的特徴ばかり褒めちぎる軽薄さや、勉学に励む女性を蔑視する発言で、令嬢たちから盛大に怒りを買った。
半年ほどで心を入れ替えたモリス様は、学院に馴染むに連れ、馬鹿な女とは一緒になれない、と価値観を丸っと入れ替え、熱心に同学年の帝国の伯爵令嬢を口説き落として御卒業されたのだ。
国から出て、外から見ると本当によくわかるが、公務をこなせない王妃なんて国の恥である。それが是である普通に、王国民の一人である私は祖国が恥ずかしくて仕方ない。どうか王子もモリス様のように心を入れ替えて、この五代続く馬鹿な伝統を捨てて、まともな王妃様を娶ってくださらないかしら‥‥‥。そんなふうに思いつつ日々は過ぎ、とうとう王子が留学する日が来たのである。