疑り深いコミュ障作家、コミカライズを打診される
「企業様からのご連絡」
2022年5月下旬。メールのチェックをしていた私は、パニックに襲われていた。
「この度『株式会社○○』様よりお取り次ぎのご依頼がございました為、ご連絡致しました」
……?
「はじめまして。××という雑誌の編集をしております、●●と申します」
……??
「『小説家になろう』で短編を拝読させていただき、連絡させていただきました」
……???
「短編をオムニバス形式で連載させていただき、コミックスにまとめて刊行することは可能でしょうか?」
……????
「マンガを□□氏に依頼し……」
……何が書いてあるのか分からない。
気が動転しすぎて目は文章を追っているのに、脳が拾った情報を処理しきれていなかった。連載……? マンガ……?
画面をスクロールする手は震え、呼吸が乱れる。心臓が肋骨を砕きそうなくらい激しく脈打っていた。救急車を呼ぶような事態にならなかったのは奇跡かもしれない。
まるで状況を把握できなかった。それでもどうにか理解できたのは、「何か大変なことが起きた」ということだった。
最初の衝撃が収まり、何とかメールの内容を飲み込むまでたっぷり二十分はかかったと思う。
「あなたの書いた異世界恋愛ジャンルの短編小説をマンガにして、雑誌に載せたいです。その後で作品をコミックスとして刊行します」
要約するとこうなるだろう。たったの二文だ。でも、私はこれだけのことを理解するのにかなりの時間を要してしまった。
何故かと言えばこの申し出、死角から飛んできたナイフみたいだったからである。
武人が「さあ、戦うぞ~」と意気込んで決闘に赴くのとは訳が違う。一般人が道で通り魔に遭ったような感覚だ。ちょっと物騒な喩えだけど、ドキドキしすぎて死ぬかと思ったのであながち間違ってもいない……はず。
なお、「一般人」という表現を使ったのは、私がまったくぱっとしない作家だからに他ならない。
とんでもなく評価されているわけでもなければ、名の知れた看板作品もない。なのにコミカライズ? そういうのって、もっとすごい人のところに来る話では?
いや、私ももしかしたらどこかしらがすごかったのかな? 運の良さとか!
……まだ思考が迷走しているらしい。それでもどうにかこうにか、「コミカライズを打診された」という状況を受け入れることができはじめた。
その次に考えたことといえば……。
「これって詐欺か何かでは?」
今となってはとてつもなく失礼なことだけど、本当にそう感じてしまった。出版社の名前が私でも知っているくらい有名なところだったから、「これも騙しの手口の一種かもしれない……」とも思ってしまったくらいだ。
とにもかくにも、これが詐欺であれ本物の申し出であれ、私にはやらなければならないことがあった。
送られてきたメールへの返信だ。
簡単に言えば「打診を断るか受けるか」を選択しなければならなかった。
……どうしよう?
詐欺だったら受けるのは愚かな選択だ。でも、もし本当だったら……?
数時間考えた末に結論を出した。「申し出を呑もう」と。
別にコミカライズしたくて破れかぶれになっていたわけではない。気付いたのだ。これが詐欺でも私にとってメリットがあることに。
実は、私はもうずっと前からきっかけがあれば「なろう」をやめようかなと考えていた。ただ、その「きっかけ」がないばかりにずっと続けていたわけで……。言わば、死に場所を求めてさ迷う落ち武者みたいになっていたのである。
そんな死に損ないに突如もたらされた、詐欺……かもしれない話。
これは充分な「きっかけ」になるのでは?
……うん、いける。「詐欺に遭ったから退会します」。あまりにも完璧すぎる。
「はーっはっはっはっはっ! 残念でしたね、詐欺師さん! あなたが私を利用するのではなく、私があなたを利用するのだ!」
私の心の中のヴィランが、そうやって高笑いを飛ばしているのが聞こえた気がした。
……結果的に詐欺ではありませんでした。お詫びのしようもございません……。こんなとち狂った思い違いは本来なら墓場まで持って行くところですが、せっかくの体験記なので恥を忍んで暴露させていただきます……。
気を取り直して、メールの返信の話に戻ろう。
裏側にあった思惑はともかく、私は「打診を受ける」ことに決めた。よし、早速お返事を書こう! 「謹んでお受けいたします」……送信! はい、OK~!
と普通の人ならポンポン片付けてしまうだろう。
しかし、私の場合はそうはいかなかった。と言うのも私は良く言えば「ガードが堅い」。悪く言えば「社交的な性格をしていない」からだ。
もっと明け透けに言えば、「コミュ障」なのである。
陽の気配が漂う場所では気配を消す。
配達員さんと顔を合わせたくなくて、居留守を使って置き配してもらう。
某コーヒーチェーン店の新作ラテが飲みたかったが注文の仕方が分からず、物陰からお客さんの動向を数分間うかがった末、何も買わないで帰宅。
そんなコミュ障エピソードに事欠かない私が知らない人とメールのやり取り? 知ってる人にも話しかけられないのに?
……悪夢かな?
残念だが現実なので、どうにかしなければならない。でも、まだ救いはあった。
私はコミュ障はコミュ障でも、いざという時は少しだけ勇気を出せるタイプなのだ。すなわち、「やればできるコミュ障」。
このエッセイを書くに当たって出版社の方に執筆の許可をもらうメールを書いた時も、「やればできるコミュ障」を発動した。とは言え、メールを送るまでには一ヶ月弱かかったのだけれど……。
しかし、今回はそんな悠長なことを言っていられない。大切なメールにはなるべく早く返信しなければ。
私は真っ白になりかける頭で何とか返答を考え、その日の内に返事を送った。
映画で言えばまだオープニングの段階なのに、もう前半のクライマックスを迎えた気分だった。
メールの文章には若干の加筆修正を加えています。