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名前呼び


 私はつくづく普通の人間なのだと思う。

 普通の基準なんてのはよく分からないけど。


 クラスでは目立つ方じゃないけど、陰キャというわけではない。

 友達は多いわけではないけど、少ないということもない。

 身長も高いわけでも、低いわけでもない。

 人を好きになったり、実際今も彼氏はいるけど、きっとそれも特殊じゃない。


 ほとんどのシチュエーションで真ん中に位置付けられながら、目立つときにはその場所を他の人に譲る。

 私はそんな人生をずっと送ってきた。


 でもそれが悪いなんて思わないし、むしろいいと思っている。

 普通だからこそ、やらなくていいことだってあるし、変に目立つことだってない。


 それがとても生きやすいし、私に合っているように思うからだ。



 四月も終わりに向かい、寒さがほとんど消え暖かさに身を包まれるような気温の中、水色の広い空では所々に漂う白い雲が様々な模様を描いている。


 東の方角から世界を照らす太陽を少し眩しそうにしながら隣を歩く彼氏に向かって、私は一つ話題を振った。

 

「そろそろゴールデンウィークだね」

「あ、もうそんな時期か。なんか加藤さんは予定あるの?」


 彼――吉田勇輝くんとは、昨年のバレンタインの時に私の方から告白したことを機に付き合っている。


 彼も私と同じようにクラスの中心に自分から出ていくようなタイプではないので、とても話が合って、いろんなことに共感できる。

 それがとても楽しくて、もっと一緒にいたいと思えるような自慢の彼氏だ。


 今日は先日に約束した通り、前日彼の部活が休みだったため駅から学校まで二人で歩いて向かっている。


 普段は彼が朝に弱く電車の時間は彼の方が遅いのだが、上目遣いしてお願いしたら、なんかすぐにいっしょに登校するのを承諾してくれた。

 うちの彼氏、ちょろい。


 だから私はいつもより早い電車に乗る必要はなかったけど、結局は彼と登校するのを楽しみにし過ぎて早く来すぎてしまった。

 私も多分ちょろい。


「友達と遊びに行こうとは言ってるけど、全部の予定が埋まってるわけじゃない、そんな感じかな。部活もあるし」

「僕もそんな感じだなあ。結局は部活が忙しい」


 あ、これはデート誘うチャンスか。なるべく平然と……。


「せっかくだし、どこか一緒に行く?」

「そうだね、せっかくだし。どっか行きたいとこある?」

「うーん、水族館とか?」

「ベタだけどいいね。じゃあ、ある程度プラン立てておくよ。予定開いてるところ、後でLINEで教えてくれる?」

「分かった。でもどこの水族館行く?」


 え、そんなに早くデート行くの決めちゃうのね。

 流石、うちの彼氏。こういうところがやっぱりいい。


 ただ、一つだけ不満があるとしたら……


「えーっと、確か水族館は県内には浜松の方に一つと、静岡の方に一つあるよね。沼津の方の深海魚がいる水族館はちょっと遠いとして、加藤さんはどっち行きたい?」


 そう、この苗字に「さん」付け。この呼び方はどうにかならないのだろうか。

 なかなか下の名前で呼んでくれないし、というか下の名前呼び捨てとかでいいのだが。


「うーん、どっちかって聞かれると決めづらいなあ。吉田くんはどっちがいいの?」


 さて、加えて私も苗字に「くん」付けっていう。これもどうにかならないのだろうか。

 せめて下の名前に「くん」付けしたいのだが、話をたくさんするからこそ、どこで呼び名を変えていいか分からなくなってしまった。


 でも相手が名前で呼ばれるのはちょっと嫌とか、呼び捨ては喧嘩売ってんのかと思うとか、名前で呼んだり呼ばれることに抵抗ある人もいるらしいし、彼がそういう人だから自分の名前を呼ばないのかもしれないし。


「行くなら静岡の方がいいかも、ちょうどよく距離あるのが遠出してる感あっていい気がする」

「ん、? なるほど? あ、でも、うん。確かにそうかもしれない」

「よし、じゃあ静岡の方で」

「おっけー、りょうかい」


 でも名前呼びしたい。だって付き合ってもう三か月。

 なんとか恋人としての関係を一歩ずつ深めていきたいと思うお年頃なのだ。


 でも、今名前呼びの提案するのって変な気もする。

 名前呼びを始める運命的なときがいずれくるかもしれないし……。


「じゃあ、とりあえず……」

「ね、ねえ、吉田くん、」

「ん? どうした?」


 いや、やっぱり、ここは勇気を出して私の方から言わないとだめだ。


 なるべく平然と普通に提案すれば大丈夫。普通に、普通に……


「あ、あの、こ、これから、ゆ、勇輝君とお呼びしてもよろしいでしょうか」


 まずい、ものすごい平然としてなかった。しかも最後敬語になってしまった。

 大丈夫かな、?


「す、すごい突然だね。でも、特に問題ないよ。勇輝、って呼び捨てでも別にいいし」


 あ、すごい優しい。とりあえず私は勇輝くんと呼べるんだ。

 でも、まだ、私も下の名前で呼んでもらうようにしなければ。


「あ、あと、私のことも名前で呼んでほしい。ひな、って。ひなさん、とかでもいいけど……」

「あ、ほんと? 下の名前で呼んでいい? じゃあ今からひなさん、って呼ぶことにするよ」


 ああ、勇気出してよかった。なんとか下の名前で呼び合えそう。


 いずれ「さん」とか「くん」とかも取って呼び合いたいけど、それは未来の自分を信じることにしよう。


 きっと恋人は名前を呼び捨てして呼び合う方が普通だもんね。

 とりあえず、私頑張った。





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