今後
「ねえ、なんだったの、さっきの」
走りながらエビーは、私に詰め寄った。白くまばゆい光に包まれ、敵の老婆が消滅し、私達はホテルへ足早に戻る途中だった。
イクセとリープの負傷が特に酷く、二人とも息が荒い。ユーニンがイクセに肩を貸していて、私もリープを支えながら走る。
「いいじゃねえか。とにかく、助かったんだ」
リープが切れぎれに援護してくれた。本当のところ、私にもよくわからない。
「エビー……お前は……大丈夫なのか」
ガーストが聞き取るのがやっとの声で尋ねる。案の定、エビーには聞こえていない。
「調子に乗らないで。私達まで巻き込まれたらどうするつもりだったの」
「それは――申し訳ないとは思うけど――」
「なにそれ、ちょっと無責任すぎるんじゃない?」
もはや、何を言っても受け入れてもらえないようだ。
リーグレはさっきから、こちらに背を向けて走り続けている。なにを考えているのか――。
観覧車、池に跨るジェットコースターを通り過ぎ、ホテルにどうにか帰ってきた。
皆大きく息を吐き、ロビーのソファに身を投げ出す。
リーグレは中央の階段を二、三段駆け上がり、やっと振り返った。
「皆、危険な目に会わせてごめん。女の子ではなく、疫病神の類だったとは……」
「リーグレが謝ることないよ」
エビーがすかさずフォローする。だが正直、皆疲れていた。
「なあ、確かヘデラが来た時点で、あと一週間って言ってなかったか。もうあと四日しかねえぞ」
リープが重い首をあげてリーグレを見上げる。リーグレは返す言葉がないようだ。
「なにか……手掛かりがあるといいんだけどね……」
ユーニンに氷を額の上にのせてもらいながら、イクセが呟く。
「腹、減った。エビーは」
ガーストは貧乏ゆすりをしながら、ちらとエビーを窺う。あいかわらず、エビーは答えない。
「たまには、私が」と言って、席を立つ。「僕も手伝おう」と、リーグレがついてくる。
「あの――」階段の中ほどで、ユーニンの声が追いかけてくる。
「あの、もし、一週間経っても女の子が見つからなかったら、私達、どうなるんですか」
リーグレは、言いにくそうに、わずかに顔をむけ、「僕達は、消滅する――」と答えた。
ユーニンはそれ以上追いかけてはこなかった。
食堂の扉を開け、奥のキッチンへ二人で入る。リーグレは料理ができるのか……。
「ヘデラ、さっきは助かったよ。君がいなかったら、皆、かなり危なかったはずだ」
急に神妙な口調で話すリーグレにたじろぐ。私は……。
「私は、なにも――」
「いや」
初めて聞く、真の通った声。まっすぐ撃ち抜かれるような響き。やっぱり、人間とは違うのかな。
「ヘデラ、実は、僕は力を没収されているけど、君の力があれば――君が望むなら、君の力を僕の力にできるんだ……」
途中から、健気な男の子に戻っていく声。それに伴って、俯くリーグレ。
「それって、ユーニンが話してたことかな。なんか、最後の力とかって――」
「そう! ユーニン、あの子、おしゃべりだな……」
フライパンを片手に、冷蔵庫から、魚の切り身を出しながら、話し続ける。
「でも、これは禁忌に近いんだ。もし使えば、君は、元の世界へ帰れなくなる。僕とこの先ずっと、運命を共にすることになるんだ――え、なに笑ってるの? 僕は真面目だよ」
言われて、ハッとする。料理をしながら、一人の人間の運命を語る死神に笑ったのか、西洋のおとぎ話みたいなことを、真面目腐って話すリーグレに笑ったのか、自分でもわからない。
「ごめんなさい――あんまりピンとこなくて」
「そ、そうだよね。僕こそごめん。君は人間なのに」
リーグレはジュッとバターで魚を焼き、レモンとバジルらしき食材をなにか液体と合わせて、ソースを作った。私も、サラダぐらい作らないと……。
「もし、決断しなければいけない時がきたら、君は、僕が禁忌を犯すのを許すかい?」
「それは……私に、元の世界へ帰れなくなってもいいのか、と聞いてるの?」
「僕としては、元の世界へ帰りたいかい? と聞きたいんだ」
はぁ、普通は帰りたい! そう思うのかな――。
「帰る場所は、私にはないの。なぜって、あなたは知ってるでしょ」
リーグレは少しだけ口角をあげて答える。でも、目は笑っていない。覚悟を確かめているのか、責めているつもりか――。
「わかったよ」
皿に盛りつけたソテーを運ぶ寸前、リーグレは囁くように言った。
「これ、あんたが作ったのか」
さっきの疲労はどこへいったのか、魚にがっつきながら、リープが私に聞く。
「私はこのサラダとスープだけ」
「サラダって。ウサギの餌じゃないんだから」
エビーがちぎったレタスをつまみ上げて言い放つ。まあまあと、イクセがとりなす。さっきより、顔色が良くなったようで、ほっとする。
「サラダのドレッシング、おいしいですよ」
ユーニンの気遣いに、不覚にも目が潤む。
「なんか、聞こえた」
ボソッと話すので、それが何度目かだと気づかなかった。食事の後半、ガーストが一段と大きな声を出した。
「なんか、聞こえたぞ」
皆がしんとなり、各々耳をすます。――「パパ……」聞こえる。微かに、どこからか――。
「下だ!」
リープが駆けだす。皆でロビーへ降りるが、声は途切れていた。
「くそ!」
「仕方ないよ。焦っても、どうにもならない。それに、今日は休んだほうがいい」
イクセはそっとリープの背中に手をやった。
「そうだね。今日は休もう。また、明日来るよ」
リーグレはそう言い残し、ふっと息を吐くと、消えていった。
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