ユーニン
ユーニンがここに来るまでの話……。
小さい頃からダンスが好きでした。でも体育の授業なんかの、体を動かすことを強制されるような場合には、なぜかうまく動かすことができず、どんくさいと、よく言われていました。
私は友達も少なくて、ダンスの話ができるほど、仲が良かった子は一人だけ。
「ね、この前の大会見に行ったんだよ、知ってた?」
「すごくかっこいいね、文化祭で踊ればいいのに。一気に人気者だよ」
そう言って私を応援してくれていました。
普段伝えらない気持ちや、心に秘めた悩み事も、ステップを踏んで、音楽にのって、風を体で切るごとに、吹っ切れていくようで気持ちよかった。
「大人しくて、真面目で、優等生」
お互いの長所を知ろう、というリクリエーションでは常にそう評価されました。
違うのに――。
「付き合う子は選びなさい。ちゃらちゃらした人なんかと一緒にいちゃだめよ」
母にはそう言われました。それは私の憧れの人――、そう、先輩のことを暗に言っているのはわかっていました。
先輩は、私が堤防下の川岸で、一人踊っているところを話しかけてくれました。
「いいじゃん、やるね、きみ。じゃあこれは」
先輩は長い茶髪の髪をなびかせながら、ブレイクダンスも取り入れて、私よりずっと洗練された動きを見せました。
後で知ったことだけど、先輩はこの辺りでは名の知れた、ストリートダンサーでした。
その後、私は先輩に教えてもらいながら、二人、公園の広場で一緒に踊りました。
「最近楽しそうだね、ねえ、あたしも入っていい?」
そのうち友達もダンスをはじめ、三人で笑いあい、出来ない技にチャレンジしては励ましあいました。
練習終わり、堤防の道に交差した国道沿いのファミレスで、デザートを食べながら談笑したり……。
そんな日々を送っていたある日――、
「聞いた? コンテストのこと、この近くだよ、テレビも来るんだって。どうする、誰でも可って書いてあったけど」
先輩が興奮気味に話すことは、私にとってはどうでもよくて、ただこういうちょっとした話を三人で語り合えるだけで十分でした。
「ええーー、あたしはパスで。全然、人に見せれるレベルじゃないし。でも、先輩とあんたは出ちゃったりして」
友達が私の肩を小突いた感覚、まだ覚えています。
「どうする、こんな機会、めったにないよ」
先輩はファミレスのテーブルから身を乗り出すようにして、私の顔を覗き込みました。
私のためを思ってくれている、そう当時は温かい気持ちで受け止めました。
――今思えば、先輩はただ、一人で出るのは気が引けて、誰かと一緒に出たかっただけなのでしょう。
コンテストは市民体育館で行われました。想像以上の盛り上がりで、随分遠くからもチャレンジャーが来ているようでした。
私でも知っている有名ダンサーも一人、審査員席に座り、掘り出し物を探るような目つきで、舞台を見ていました。
勝ち抜き戦で、審査員がブザーを鳴らせば即退場を繰り返し、残った五人はテレビで少しだけ踊れるというものでした。
あらかじめ決められた課題曲に、一人ずつ、自由に振り付けをして踊ります。
先輩と私は今まで通り、踊り方は違えど、同じ曲でともに練習しました。友達も、先輩や私のまねをして、一緒にはしゃぎ、それまで以上に楽しく見えました。
私達は一回戦で落ちるだろう、というつもりで挑みました。ただ、楽しむために参加したのです。友達も、応援に来てくれました。
先輩は――、当初の予想通り、一回戦で落ちました。それも、先輩の見せ場が始まる直前の、早々のタイミングでブザーが鳴りました。
「仕方ないね、でも楽しかったーー!」
先輩はそう言って満足そうでした。「お疲れ様です!」と、友達も迎えます。
遅れて私の番、先輩の見せ場の前にブザーを押した、有名ダンサーに、私は少し怒っていました。
私の憧れである先輩を、あんなふうに評価するなんて――。
私は怒りも込めて、思いっきり踊り狂うように、ステップを踏みました。
ブザーは、いつまでも鳴りません。
私は一回戦を突破しました。「やった! すごいじゃん」友達は飛び跳ねて喜んでくれました。「やっぱ天才ね」先輩も誇らしげです。
私は、二人の分まで、見せつけるように、二回戦、三回戦と突破し、ついには最後の五人に選ばれていました。
二人に見送られ、後日、テレビの撮影にも行きました。もちろん、嬉しかった。けど、二人と踊れないのは、やっぱり物足りなくて、知らない四人と息を合わせるのも大変でした。
――それから、異変が起きました。
二人が、それまで練習していた場所に来なくなったのです。
それどころか、同じ学校の友達にいたっては、話しかけてもくれません。先輩の姿は、めっきり見なくなりました。
何回か、どうしたのか、どこで練習しているのか、なぜ聞こえないふりをするのかと、友達に尋ねてみたものの、相手にしてくれません。
いえ、原因なら薄々気づいていました。でも、そんなことで壊れるような関係じゃないと、思い込んでいました。
――しばらく経ったある日、学校の階段を下ろうとしていたとき、後ろから視界を奪われました。
「これ、私じゃないから。もう巻き込まないで」
タイルのように低くて冷たい声。とてもあの友達の声とは思えません。
突き落とされて、転がり落ちる感覚も、現実とは思えませんでした。
私は半身不随になり、二度とダンスは踊れないと医者に告げられました。
友達は、先輩が証言したことから、その日は学校にいなかったことになり、お咎めなしでした。
私の中には――不思議と憧れの感情だけが残りました。
家のマンションから飛び降りる時も――。
「やあ、ようこそショーへ! ……遊園地のピエロの真似だよ、どうかな。ぼんやりしているね。名前は? ――やっぱり覚えてないか……。じゃあ君は、ユーニンだ」
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