力を貸して
「なんだったの、あれ」
息を切らせながら、なんとかホテルまでたどり着き、皆で扉を閉めた。
どうやら怪物はホテルには入ってこれないようだ。
「皆いるね? ここは安全だから。あいつらには見えないんだ」
リーグレは旋回して私達を探す怪物を、窓越しに見上げて言った。
まるでテーマパークのアトラクションに登場する怪物のようだけど、実際に襲われると、ヒグマに出くわすとこんな気持ちになるのでは、というぐらい体が硬くなっている。
「驚いただろう。怖がらせてごめん。でも、協力してほしいんだ」
リーグレは私を見つめる。なにがなんだかわからないのに、柔らかい声をかけられると、とたんに気持ちがほぐれた。
「僕はある女の子を探している。ある事情があって、僕は本来の力が使えない。だから、君達人間の力を借りて、どうにかその子を元の世界へ連れ戻さなくちゃいけない」
「協力したら俺達も元の世界へ戻れる、つまり生き返らせることができる、そうだよな」
リープは鋭い視線をリーグレに向け、エントランスのソファにドッと腰を下ろした。
「生き返らせる、というか、女の子の魂を体に戻した時点で僕の力が戻る……はずなんだ。そのときに、君達を押し戻すことはできる、というだけだよ」
「おい、生き返らせると言ったろ」
リープは唸るような声で言い、リーグレに掴みかかろうとする。
「ちょっとやめてよ、私達に文句言う権利なんかないんだから。私達はリーグレの持ち物なの、わかる?」
エビーの吊り上がった眉が、高く結んだポニーテールと同じ角度だ、などと余計なことを考えてしまう。
「あの、なにか光を出しましたよね、さも当たり前みたいに。あれ、何ですか」
私は恐るおそる、誰にというでもなく聞いた。こころなしか、外が少し明るくなっている。
「あれこそ、君達人間の持つ力だよ」
リーグレはくるくると皆の間をくぐりぬけ、ホールを回る。
「君達それぞれの一番強い感情。それが僕の力になる」
「さっきのコウモリモドキさんは、リーグレさんに強い憧れを抱いていたんです。異形の者なら死神に対して皆そう思うのか……。私の憧れの気持ちをぶつけた形です」
ユーニンは困ったような顔で首を傾げながら言った。ホテルに淡い光が入り込む。キラキラと、埃がパウダーのように舞う。
「じゃあ、あのイクセさんのバリアみたいなのは?」
「僕の強い感情は受容らしい。それが、攻撃を受け止める力になっているんだ」
わかったようでわからない。そもそもこの世界の意味ももわからないけど。
「一番の力持ちはガーストなんだ。でも、僕らだけじゃ限界でね」
リーグレに指名されても、ガーストはまるで聞こえないように、ぼんやりしている。これはなんとなくだが、ユーニンもイクセも、そしてリープも自ら進んでリーグレに力を貸した。ようは自己申告制なのかもしれない。つまりガーストは協力的じゃないのかも……。
「実は、この夜を含めてあと七日しかないんだ」
リーグレがポツリと呟く。
「なにが」
「なにが、ってわかるでしょ、話聞いてんの? 女の子を連れ戻す期限よ」
エビーに怒鳴られる。どうやら相性が悪いみたいだ。
「僕の力じゃ、君が呼び出せる最後の人なんだ。だから、お願い。力を貸して」
潤んだ瞳で手を取られる。こんなアニメ映画の主人公にかけられるようなセリフを言われるのは、もちろん初めてだけど……悪い気はしない。
でも、私に力なんてない――から、どう答えたものか。
「寝る」
聞きなれない声がして、振り返ると、ガーストがカウンター奥に消えるところだった。誰もいないはずなのに、ホテルの外から人のさざめく声が聞こえる。
「俺も。おい、リーグレ、生き返らせられない、なんて言ったら承知しねぇからな」
リープはロビーの端にある、長めのソファに寝転んだ。
「なんなの、リーグレにそんな口聞いてんじゃねえよ」
エビーはそう吐き捨てて、階段を上がっていく。「私達も、もう寝ましょう。ヘデラさんも疲れたでしょう」ユーニンは微笑んで、リーグレの不安そうな顔に、「大丈夫ですよ」と囁いた。
悲し気に微笑んだリーグレは立ち上がると、目を閉じたと思いきや、煙のように消えてしまった。
「え、リーグレは? どこ行ったの」
「平気です。また暗くなったら、迎えにきてくださいますから。ヘデラさんも、私達の部屋へ」
そう言うとユーニンも階段を上っていってしまう。仕方なく、イクセと一緒に階段を上り、客室が連なる廊下へ。
「僕はこっちだから」
イクセは左側の一部屋を指差し、「おやすみ」と入っていった。
「ヘデラさん、こっち」
反対側からユーニンの声がする。手招きされた部屋に入ると、エビーがぎょっとした顔で迎えた。
「ええ、ちょっとなんで?」
「いいじゃないですか。こんな物騒な世界ですから、女子は固まらないと」
ユーニンは相変わらず微笑んで答える。
「ベッドは私とユーニンだから。あんたはソファね」
部屋はツインで、端に小さな椅子が申し訳程度に置いてある。寝れなくはないが、腰が痛くなりそうだ。
「エビー。もう。ヘデラさん、私と一緒に寝ますか? それか、エビー、一緒に寝る?」
「はあ? 嘘でしょ」
「私は椅子でいいですよ」
面倒なのでそう言っておく。しかしユーニンは「ダメですよ」と食い下がる。「一緒に寝ましょう」と。
「わかったよ。ユーニン、一緒に寝るから! 私お風呂入る!」
エビーは服をなぜか私に投げつけて、下着姿でバスルームへスタスタ歩いていった。
「そう?」
ユーニンは満足気に、私に空いたベッドを示す。「ありがとう……」と礼を言って、腰かけた。
「随分長くここにいる気がするけど、リーグレさんいわく、一日も経ってないらしいんですよ。現実は」
「へえ、そうなんですか」
現実に興味がない私は空返事をしてしまう。
「リーグレさんほんとに困ってるみたい。最後の力なんて望んじゃいけないのに、とかって」
「なんですか、それ」
また中二っぽい言葉だな、と笑ってしまう。しかしユーニンは大真面目な顔で、なぜか小声で耳打ちする。
「呼び出された人が望むなら、リーグレさんの一部になれるらしいんですよ」
「一部?」
「そう。取り込まれるっていう感じなのかな……。リーグレさん、力を没収されているらしくて、今の状態で本来の力を発揮するとしたら、それしかないらしいですよ。邪道だけどって仰ってましたけど」
「でもそれをあなたに教えるって、もっと邪道じゃない? まるで期待しているみたい――」
「いえいえ、なかなか前に進めないから、手っ取り早い解決策はないのか、ってリープさんが聞いたんですよ。それで。でも、一部になったらもう元の世界はおろか、僕と運命を共にすることになるって聞いて、即拒否してしまいましたけど」
「へえ」
「お風呂空いたよ、次、ユーニンね、あんたは最後」
エビーは私のなにが気に入らないのか、ふん、と背中を向けて、髪をとかしはじめた。ユーニンと顔を見合わせ、私は思わず肩をすくめる。
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