光へ
ここ……どこ……。白々しい光ね――。病院? 入院してたの?
「あっ、せ、先生、呼んできますね!」
なに……? 今の、看護師さんね――。随分長い間眠っていたのかしら――。
「いやーー良かった、良かった。丸二日だよ。婦人科からこっちに送られてね。お母さん無事でよかった」
でっぷり太った医者が言う。お母さん? あ――。そうだ、私……ママになったんじゃない……。
「私の……私の子……」
「心配しないで。元気ですよ! 女の子です!」
看護師がニッコリ笑って言う。女の子……そう、良かった……。
――なにか、温かいものが頬を伝った。
「先生! こちらも!」
「おやおや、今日はいい日だね」
隣のベッドを仕切るカーテンが揺れる。
「大丈夫? 頭を強く打ったからねぇ。君は丸一日」
「ここ……どこですか……」
「病院だよ」
ふわりとした長い髪が見え、少しだけ顔が覗いた。優しそうな女の子――。
「あれ……どこかでお会い……しました?」
その子は私にそっと問いかけてきた。私はほんの少し首を振って否定する――。でも……なぜか、懐かしい気分――。
「先生! うちの子は、無事なんですか⁈」
「ちょっと、落ち着いて。まだ安静にしていてください。轢かれたんだから」
向かいの男がうるさい。ベッドからずり落ちそうになっている。隣で女性が宥めているが、妻だろうか――。
「大丈夫ですよ。後ろの座席にいなくて良かった。それよりあなたの方がひどい怪我なんだから」
向かいの男はほっと胸を撫でおろし、ふと、俺のほうを見た。――なんだよ。五秒ほど、こっちをじっと見つめたかと思うと、ふいに妻に、「お前は平気か?」と言い出した。
「お向かいさんと、同時に起きたわね。気分は?」
看護師が俺に聞く。腹がずきずきするが、気分は爽快なのが不思議だ。
「警察の人が、話聞きたいって……。目覚めたばっかりなのに――。断っとくね」
そう言って、看護師はふっと顔を緩めた。――俺を気味悪がらないなんて、不思議なやつだ……。
「おお? おう、起きたか」
気の抜けた声――。あ、毒トル先生だ――。
「なんだ。もう起きない気かと思ったが――」
「――先生……それは……」
毒トルの手元には本が――それも、子供用の絵本が開かれている……。
「遊園地にいこう! って本だ」
「まさか、読み聞かせを……?」
「そうだ。遊園地、行きたくなるだろ」
「先生、その本は、僕には不適格です」
――それに、と続ける。毒トルは眉をひそめ、心外だ、というように絵本を撫でる。
「もう、遊園地には行ってきました」
見慣れない部屋。見たことのない蔦が絡んでいる。意思をもったように、蔦は自由に模様を描く。
「おはよう、ヘデラ」
天使のような笑顔。ベッドに腰掛け、私を見下ろす。
「ごめんね。君を――元の世界へ帰せなくて……。でも、おかげで、女の子と、他の皆は無事だよ」
――それなら、言うことないじゃない……。そう言いたいけど、まだ声がうまく出せない。
「君はもう、家には帰れない。ここが今日から君の家だ。僕が望んだことだけど――、あの時、君も望んだね?」
なんとか、頷くことはできた。可愛い部屋だ。手作りの小屋、という感じで、壁に絵が掛かっている。翼が沢山ある鳥のような絵――。リーグレが描いたのだろうか。
ふと、自分の姿を見ると、淡い水色のドレスを着ていた。――こんな綺麗な服、持ってないけど……。
視線に気づいたのか、リーグレが答える。
「あぁ、着替えさせてあげたよ。だって、君、力を発散しすぎて、あの後素っ裸だったんだもん」
――なに……? 私は、仕方ない、仕方ない、というように肩をすくめるリーグレの右頬を思い切りつねり上げた。
「あイテテテテ! なにするんだ⁉ 僕は死神だぞ! 君をどうにでもでき――」
と言いかけて、ハッとしたように口をふさぐ。
「ない――」
「私も死神になったの?」
少し掠れたが、声が出た。独特の空気が流れている。元の世界より清涼で、かえって息苦しい。
「まさか! ヘデラ、それは自惚れってもんだよ。君は僕の一部。でも人間! 参ったな……君を守りつつ強くならなくちゃならないのか――」
「嫌なの?」
私は上半身を起こして、リーグレを覗き込む。
「いいや。興味深いよ。改めてこれからもよろしくね、ヘデラ」
私の名前は――、いや、いいか。これからはヘデラなんだから――。
リーグレはそっと、私のおでこにキスをした。