決戦
私はなぜ生まれてきたんだろう。誰だって一度は考えるだろうけど、私の場合、神秘的な意味じゃなくて、本当に、どうして、という思いが強かった。だって、世界にとってまったく必要のない存在だったから。必要とされた記憶はない。あの時以外――。
――いや、それは大いに語弊があるか……。私をつけてきた誰か。いつから私を狙ってたんだろう。どうして私に興味を? 私が言うセリフじゃないけど、他に綺麗な人なら山ほどいただろうに……。
向かいのビルのモニターに映る、大きな笑顔。私を嘲笑っている――。
「ヘデラ、ヘデラ、起きて」
リーグレ……。あなたもどうして私を呼んだのか……。死にかけた人間なら他にもいただろうに――。
「あぁぁ気分悪ぃ。くっそ、肝心なときに俺……」
リープか、ひどい顔。真っ青じゃない。
私も体を起こす。ミラーハウスで気を失って、その場で一夜過ごしたらしい。体が痛い。
「ごめんなさい、リーグレ。勝手なことして、足、引っ張っちゃって……」
「エビーのせいじゃないよ。皆、よく耐えたね」
「私もパニックになって、咄嗟で――」
「ユーニンも、自分を責めないで。もともと僕が勝手に呼んだんだ」
皆かなり消耗している。エビーは体が小刻みに震えているし、ユーニンも、色白の肌がさらに透けてみえそうだ。
「あのピエロ、なんだったのかな……。今までで一番の強敵だったね……」
「まだ終わっていない」
イクセにリーグレは、申し訳なさそうにも、強い口調で言った。そういえば、ガーストがいない……。そうか、迷路に入っていったんだ……。
ピエロ……そう、さっき思い出したんだ――。
「私、知ってます。あのピエロ」
「え? は、知ってたなら先に言いなさいよ!」
「エビー、いいよ、続けて」
リーグレが片手でエビーを静止して、私を促す。
「でも別に、知ってどうなるわけじゃないけど……。私がこの世界にくる直前、ニュースで流れていて。遊園地で行方不明になっていた女の子を、襲った男が死んだって話。その男は、最初父親だって、ガセが流れてたけど、本当は遊園地のマスコットのピエロに扮した男だったんです」
「そ、そうだったのか――」
リープはいつになく、苦虫を嚙み潰したような顔で唸った。
「ガーストは、その男は死んだと言っていたね。どうしてだか、知っている?」
リーグレは思い出したように呟いて、聞いた。
「それがまさに道化で、女の子が突然ぐったりしたものだから、驚いて逃げようとしたら、裏口の階段で躓いて、頭の打ち所の悪い箇所を思い切りぶつけたようです」
「自業自得ね」
エビーが吐き捨てるように言った。
「君達のどの攻撃も効かなかったのは、その男に欲望以外の感情がなかったからじゃないかな」
「僕の力は受容だったよね、ピエロにはその感情がない……」
イクセにリーグレは頷く。
「エビーの嫉妬の感情も、リープの再生も、ユーニンの憧れも、そしてガーストの嫌悪も――。だからこそ、こっちの世界で怪物になれたんだろう」
「そういや、ガーストは?」
リープは辺りをきょろきょろ見やる。
「ピエロを抑え込んでから出ていったよ。それきりだ」
リーグレは、眉を下げ、沈んだ声で言った。
「この忙しいときに……もう、今日で決着をつけなきゃいけねぇんだぞ」
「そうだね……僕は良くても、君達は戻らなくちゃね。とにかく、ここを出よう」
イクセの言葉に、ユーニンはなにか言いたげだったが、とにかく皆でミラーハウスを出た。
出口の壁に、メッセージが書かれていた。『俺はゲートのピエロの看板前に行く。おとりに使え』
「あいつ、なにかっこつけてやがる」
リープは壁の文字を睨む。
「私、女の子が、ガーストさんを見て怖がったように見えたんですけど……ひょっとしてガーストさんがピエロみたいな髪だったからでしょうか――。私はチャーミングだと思うんですが……」
ユーニンも胸に手をやり、壁の文字を見て言った。
「急ごう。一人でも欠ければ戻ることはできないんだ」
リーグレに促され、私達も夜の遊園地に戻る。
この世界は現実とは違うけれど、夜空のもと浮き上がる遊園地なら、現実でも浮世離れして見えるだろう。乗客のいないメリーゴーランドやコーヒーカップが今日も回る。
ゲートに向かう途中、皆で女の子を探した。観覧車乗り場や、ジェットコースターの柱の影を――。でもいない……。期限は今日、明るくなるまで――。
「いた!」
リーグレの声に、遊園地のゲートを振り返る。入場口を背に、ガーストが、向かい合うようにピエロが女の子を抱えて立っていた。
「その子を放しなさい!」
エビーがすかさず、ピエロの背に赤い弾丸を放つ。それを、ガーストが、弾く。
「攻撃は自分に返ってくるぞ」
ガーストがピエロを挟んで注意した。
「じゃぁどうしろっての!」
「俺がおとりなる。隙をみてその子を救え!」
ガーストはピエロの注意を引き、駆けだした。ピエロは女の子を抱えたままで、無重力のように浮いたお手玉やトランプ、ナイフまで使って攻撃しだした。
イクセは慌ててバリアを張る。
「いいかい、攻撃は無効だ! イクセのバリアにピエロの攻撃を当てないで!」
リーグレの言葉に従い、エビーとリープ、ユーニンは防御に徹した。リーグレは皆の力を一手に受けて、押しつぶされそうだ……。
ガーストへの攻撃が激しく、ピエロは常に私達に背を向けている。ここは私が――。
タイミングを見計らい、女の子の救出に向かう。「ヘデラ!」とリーグレの声が追いかけてくる。
女の子の足を掴んだ。カラコロコロ、と変な音がピエロの体内から聞こえ、ニッと笑った顔が振り向いた――。一瞬のことで、なにが起きたかわからない。お手玉が数個、私の顔近くに転がってきたから、おそらく攻撃を受けて、飛ばされた。
――だけど、へばってる場合じゃない。体に穴が開いたみたいに痛むけど、動けるのは私だけ。求められている――。
「あんた! 無茶してんじゃないわ!」
エビーが私に駆け寄ろうとしているけど、バリアへの休まぬ攻撃を止めるので精一杯のようだ。でも……誰かに心配されるなんて、初めてだ――。
なんとか立ち上がって、ピエロと対峙する。
「こっちだっつってんだろ」
ガーストが黒い煙をピエロすれすれに放つ。おかしな方向に首を曲げたピエロは、わざとその煙に当たりにいった。
「あああ!」
ガーストが宙を浮く――。私はピエロに突進した。物理的に倒れたピエロから女の子を奪う。
ガラララゴロ、とまた変な音がした――。
「危ない!!」
リーグレの声が後ろで響いた。ピエロはまるで、糸で吊り上げられたように立ち上がると、爪先を上げ、後ろに倒れるかと思いきや、声にならない怒声とともに、大量の攻撃を仕掛けてきた。
私は女の子を庇い、しゃがむ。皆は、どうにか耐えようと、踏ん張り力を振り絞って光を放ち続けている。――赤、黄、緑、青……綺麗――そんなこと思ってる場合じゃないのに――。
――だが、限界が来たのか、バリアにヒビが入った。悲鳴に続き、エビーが、ユーニンが、リープが、そしてついに、イクセも攻撃を食らい、宙へ引き上げられる――。
「ヘデラ! お願いだ!」
――リーグレの求める声……泣きそうな顔でこちらに手を差し出している。……これは……かつての私――。
――いいよ。私を求めてくれるのなら、私もあなたを求めよう。
私は攻撃の隙間から、リーグレの瞳へ手を差し伸べる。全てを、最後の力を――。
――辺りが白い光で包まれる。――もう、なにも見えない。見えなくていい――。
いよいよ終盤!
よろしくお願いします!