ガースト
なんでこんなことに……なったんだ――。いつから、おかしくなったんだ――。俺は――。
薄らいでいく意識の中、腹を赤く染める、自分から出たその液体を美しいと思った。
なんでそんなことを思うのか。今はきっと、人生で最悪の時なのに――。
――いや、それを言うなら、最初から、俺の人生は最悪だった――。
――少しだけ聞いてほしい。別に、聞きたくないなら構わないが……。
俺は、産まれたときから、嫌われ者だった。
母は、俺を取り返しのつかない子、と言っていた。父は、誰だかわからない。俺の周りには、なぜかそういう子どもは多くいた。だから、別に違和感はなかった。
だが周りの子どもは、その多くが、誰か一人には好かれていた。それは母親だったり、ころころ変わる父親の一人だったり、祖父母だったり、他の大人だったりした。
だが俺は違った。なにもしなくても、皆が嫌うのだ。だぶん、この容姿のせいだとは思う。吊り上がったかと思えば垂れ下がった切れ目、不自然に曲がった口角、不器用な団子鼻。ピエロみたい、とよく言われた……。
俺の周りには、恵まれないくせに、容姿だけは整ったやつが多かったから余計に……。
だが俺自身は嫌われていても、俺は母が好きだった。別に、変な意味じゃない。ただ、普通なら投げ出すような現実に、文句を言うでもなく黙々と、淡々と暮らしていく姿にある種、畏怖を覚えるほどだった。
母はずっと、女手一つで俺を育てた。母は俺に対して、暴力や暴言を使うことはなかった。そのかわり、愛情をもって接してもらった記憶もないのだが……。
母は商売に反して、男を家に連れ込むことはなかった。
だから、ある日、「これからは彼があなたの父親よ」と言われて、あっけにとられたのも、無理はないだろう?
それからは三人で暮らした。この男はもちろん、俺を嫌った。そんなことは別に気にしていない。この男は母も嫌っていたんだ。
母がこんな男に引っかかるタイプだとは、正直幻滅した。
この男はいわゆるヒモだった。定職につかず、かといって家事をするでもなく、家の金はギャンブルに消え、俺が隠していた貯金も目ざとく見つけて風俗に消えた。
半年もすると、貯金は無くなり、代わりに暴力がふってきた。俺は別に、慣れているから良かった。だが、日増しに母への暴力が、見過ごせないものになっていった。
このままでは、母が殺される――。
三度、そんな場面に遭遇し、次はないと、三回、男を睨んだ。
そして四度目のその日――、俺は男を張り倒した。馬乗りになって、ボコボコにした。よく考えれば、若い俺の方が力は強かったのだ。早く、こうしていればよかった――。そう、思った刹那――。
背中が冷たくなっていく。なにかと振り返れば、母が包丁の柄を掴み、俺の背後で震えていた。
これはいったい何事だ。――どうして俺は刺されているのか――。
――そうか、俺は嫌われ者だったな。なんで忘れていたんだ……。
――ハハハ……。閉じていた瞼を開く。あれ、俺は家にいたんじゃなかったか。ここはどこだ――。
「なにか面白いことがあったの? 僕にも聞かせてよ」
なんだ、コイツ。コイツも恵まれない子どもの一人か……。
「やだな、僕は人間じゃないよ。君に憐れまれる覚えはないよ」
薄く開いた瞳が不敵に笑う。――嫌なヤツだ。
今年もよろしくお願いします!