謎の男
ホテルだけど大浴場があるのは驚きだ。しかもちゃんと使える状態で。皆うんざりしていた。女の子を探そうにも、取っ掛かりもないんじゃ……。
いや、ここが夢ランドってことはわかった。体をシャワーで流しながら、私とは縁もゆかりもない遊園地のことを考える。
なんだか、聞いたことはある、たぶん、会社にいた誰かが行ってきたとかで……。私が住んでたところからは遠いし、地方の遊園地、ってことしかわからないけど。
気になるのは、女の子のほう。遊園地で行方不明、たしか聞いたことが……。
なにか、私とその子がとても近い存在に思えたから……。なんでだっけ。私は――何をしてここにいるんだっけ……。
めちゃくちゃだったことは知っている。両親は二人とも私に無関心だったし、学校は普通に通ったけど、友達の顔も、いたのかも覚えていない。それから、会社も、ただ、生活のため。なんでだか知らないけど、生きないといけないから、お金のため、勤めただけで、個人的な付き合いはない。
私は私自身に、無関心だったから。
――だったのに――そうだ、あのとき感じた強烈な関心……、なにか、乗っ取られるような、熱くて、重い――。
「あの、大丈夫ですか?」
ユーニンが長い髪を胸にかけて覗き込む。
「もーーほっときなって。温泉入ろ」
エビーは風呂でも髪をとかない。思ったより華奢な体でお湯につかる。「ふぁーー」と声を出している。
――と、ガラガラガラ、と音がして、誰かが入ってきた。――おかしい。もう女はいないはずなのに……。
「君達、食堂じゃないし、どこに行ったのかと思ったら、まったく、呑気だなぁ」
リーグレが頭をフリフリ入ってきた。――え。
「ちょっとお! 馬鹿! 変態!」
すぐにエビーが手近な桶を投げつける。まさに、アニメのワンシーンみたいに。私は彼の、いや、リーグレの裸をまじまじと見つめてしまった。不思議な模様の痣。それに、性別を分ける部分の欠如――。そうか、彼は死神だもんね。ん? そういう納得の仕方でいいのか……。
「うわ! なにするんだ。僕は今、力が使えないっていうのに、怪我するじゃないか。それに、僕が誰だかわかってる? 君達の運命だってどうにでもできる存在なんだよ」
「リーグレさん、可愛いですね、私、弟が欲しくなっちゃう」
ユーニンはにこにこと胸元に手を置いて微笑んでいる。
「おい、聞こえるかーー、思い出したことがあるんだ、そろそろ上がれーー」
向こうの壁越しに、リープの声が聞こえた。
「わかったよーー、君達どうしてバラバラに入ってるのーー」
「あ? リーグレ? なんでそっちに入ってんだ!」
仰向けで大浴場の湯をたゆたうリーグレに、リープの声が怒鳴りつける。
「え、リーグレ、そっちにいるの? だめだよ、見た目は男の子なんだから!」
めずらしく、イクセの声も焦って聞こえるが、リーグレはまったく意に介していない。
「で、思い出したことって?」
リーグレの問いに、リープは睨み顔で返す。ガーストも。
「睨んでないで、早く話してよ。またおばけ退治で明るくなっちゃ、ほんとにヤバいって」
エビーの言葉に、ガーストは下を向く。リープも、しぶしぶ話し出した。
「思い出したのは、カーラジオの話だ」
「カーラジオ?」
皆が声をそろえる。「あぁ」とリープ。
「俺は家族で旅行に出かけているところだった。詳しくは覚えていないが、確か、その行方不明事件について話していたんだ。それで、その遊園地から、男が倒れて運ばれたってニュースを聞いた」
「男? 女の子は?」
エビーは怪訝な表情でリープの話を聞く。遊園地で、男が……。あれ、どこかで聞いたような――。
「いや。女の子については……。でも確か、お化け屋敷がどうとかって言っていた」
「それじゃ進展とは言えないじゃん」
「あ? うるせぇな、そもそもリーグレはなんでなんも知らねぇんだよ」
「僕は、ただ、女の子の声を聞いて、望みを叶えただけだから……」
「だからリーグレを責めないでよ。わかったわよ、お化け屋敷に何かあるって信じるしかないんでしょ」
エビーは私になにか言えとばかり、目配せしてくる。
「私も……きっとなにかあると思う……」
「さあ、出発よ!」
私が言い終わらないうちに、エビーは出口へ向かう。
お化け屋敷の付近は昨日と違う空気が流れていた。
昨日より生温かく、じっとりと、それでいてぞくぞくする、何かが纏わりつく感覚。
「嫌な空気だね」
リーグレが皆に注意を呼びかけ言った。
お化け屋敷と、その隣の四角い建物の間の位置に、誰か立っているようにみえた。
街灯に照らされ、ゆらゆらと揺れる、黒く細長い影……。
じっと見つめていると、気分が悪くなってきた――。グラグラする……。
「ヘデラ! イクセ!」
私と並走していたイクセも、影を見て気分が悪くなったのか、ぐらっとすると、膝からくずおれた。
「気をつけろ! 生霊だ!」
リーグレの叫ぶ声がする。ガーストが放った黒い渦に、影が飲み込まれるのが薄っすら見えた。ガーストは顔を伏せて、腕を高く上げ、リーグレに力を放っている。
リーグレのほうも、足を踏ん張って、影を包み込み消滅を試みているようだ。
「ぐわっ!」
ガーストが体勢を崩した。その反動で影のほうを向いてしまう。――と、ガーストは魂が抜けたように倒れてしまった。
「くそ! エビー、ユーニン、リープ、頼む!」
「え、どこ? 敵はどこにいるの?」
エビーがリーグレに問いかける。どうやら三人には見えていないらしい。ユーニンもリープもきょろきょろしている。
「お化け屋敷と、隣のミラーハウスの間だ! 三人いっせいに力をくれ!」
「わかった!」「わかりました」「任せろ!」
三人はおのおの攻撃態勢を整え、「いくよ!」というエビーの声に二人は頷き返す。
――三人と、リーグレの叫び声――。闇を祓う、光を帯びた声――。
「あれは?」
リープだろうか、ミラーハウスのほうに顔を向け、力を放ちながら、リーグレにその存在を知らせた。
薄れいく意識の中で、小さい白い影が、ミラーハウスに入っていくのが見えた。
「女の子? ミラーハウスのほうに!」
ユーニンも叫ぶ。まだ四人は、影を倒し切れていない……。
「あぁ、だけど、今はこっちで手一杯だ! 三人とも、意識を集中させて! もうすぐ明るくなってしまう!」
それから一呼吸おいて、再び四人の力んだ叫び声が響いた……。
それと同時に、私の意識は途絶えた。
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