エビー
「見てよ、あの子……」「ほんと。よく来れたよね……」
――ひそひそ声が冷たく耳に刺さる。好きに言えばいい。ちらちらと送られる視線にヒリヒリする。勝手に見れば? 子どもも大人も、馬鹿に変わりはないのね――。
少し膨らんだ腹をさする。これ見よがしに。私はここにいる誰よりも肝が据わっていて、オトナなのよ。
講堂はひんやりしてる。たまに、鳥肌が立つぐらいの風も吹く。お腹の子に悪い。
「えーー、新学期に際し、気持ちを新たに引き締め――」
生徒指導の教師がわざわざ私の方を睨みながら訓戒を垂れる。おかげでこちらに嘲笑が向く。
やってられないわね、まったく。今回だけは、両親が正しかったみたい。もちろん、理由は間違ってるけど。
私は鷹揚に踵を返し、整列した生徒に肩をぶつけながら講堂を後にする。「待ちなさい」と馬鹿でかい声が聞こえたけど、誰が待ってやるかよ――。
「あんた、なに言ってるの!」
普段は家のことに無関心の父親も、私の言葉に情けない間抜け面を見せる。
「だから、妊娠したの。で、産むから」
「いい加減なこと言うな!」
母親がこの辺り一帯に響く声で怒鳴る。まあ、怒るのも無理はない。蛙の子は蛙……結局子どもも、自分と同じ道を歩むことになったという落胆はわからなくはない。
母親は私を、道を踏み外さぬようにと、そればっかりを考えて育ててきた、つもりだったのだろうから。
「誰のガキだ」
父親は椅子に座ったまま、空っぽの虚勢を張ってふんぞり返る。
「塾の先生よ、知らなかったの?」
「生意気な口をきくな!」
聞いたのはそっちでしょ。――はぁ、聞こえるように溜息をつく。
――それでも、アイツよりはマシね……。絶対に許さない――。絶対。
最初はアイツも、喜んでいた。でも、それが演技だと見破れなかった自分に腹が立つ。
アイツに歳の近い、つまりはオトナの彼女がいることを勘づけなかった自分にも。
「今更なに言ってんの⁈ やっぱり無理ってなに。そんな選択肢あんたにあるわけないでしょ!」
周りの目も憚らず、公園でスマホ越しに大声を上げていた。
「とにかく、来て。電話で終われると思ってんの? 馬鹿じゃないの」
なんで私が必死になってんだ。逆でしょ。ふざけんじゃねぇよ。
だけどスマホ越しに聞こえる声は、薄ら笑いさえ浮かべているようで、寒気がするぐらい軽々しい。
――「だからぁ、悪いと思ってるよ。でもほら、お互い遊びなのわかってただろ? 俺は子どもなんていらねぇって言っただろ」
「はぁ? 言ってないでしょ。好きにしていいよっつったんだろ」
――「知らねぇよ、お前がどう解釈したかなんて。とにかく、こっちには真剣な女がいるんだ。もう電話してくんな」
「はぁ? なに偉そうに言ってんの? 裁判してやるよ、あんたなんか外出れなくしてやる」
――「勝手にしろよ、高校生にもなって、情けね。外歩けなくなるの、どっちかもわかんねぇのかよ。笑えるな」
――最悪だった。そんな、なんの解決にもならない会話を二時間近く繰り広げ、結局、私は捨てられた。
いや、捨てたのよ。
両親にはもちろん、おろせと言われた。だけど、そんなつもりは最初からなかった。
すると、学校は転校しろと言われた。どうして私がそんなことする必要がある? まぁだけど、馬鹿ばっかの学校に、通う必要もないか――。
「もう少し、はい、あともう少しですよーー!」
助産師の声がやたら遠くから聞こえる。
見返してやるのよ、アイツを。この子を連れて、彼女に挨拶しに行ってやる。
「ほら、もう頭が見えてる!」
視界が霞む。これが普通なのかな、なんだか意識も遠くなるようだけど。
子どもを連れてきた私を、アイツと彼女、どうするかな。殴ってきたら、警察に言ってやる。
そうだ、私にも男がいるといい。アイツよりも、もっとハンサムで、有望な男が――。
「おめでとう!……あら……大丈夫ですかぁ? しっかり! しっかりお母さん!」
お母さん? 私もう、ママになったの……?
――なに、なんなの、夜になったの?
「やあ、初めまして。僕はリーグレ。大変だったね。――でも、大丈夫。僕にまかせて。だから、君も、僕を信じて?」
誰、この子。歳は……私と同じぐらい? いや、下か。でも、大人びて見えるから、上かも。
――そうだ、彼を連れて帰ろう、アイツのために。
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