おばけ
「……さん……着替え――……さん……ですね――」
遠くで、声がする。果てしなく遠い、向こうの世界から。
「――ラ……――デラ……」
あら、声が近づいた。それにさっきより、幼く、切実に響いている。
「ヘデラ!」
目を覚ますと、リーグレが深海のような瞳で覗いていた。
「よく寝れるわね、こんな状況で」
エビーの声が隣のベッドから聞こえる。顔をむけると、腕を組んでこちらを睨みつけていた。ユーニンもその隣に腰かけ、「おはよう」と言った。「暗いけど」とも。
「飯だ。早く食え」
リープが掛布団の上に、トレーを置く。いい香りだ。魚介類がちらほら香ばしく湯気が立っている。パエリアというやつか。
「こんなの、作れるんですね……」
おずおずとそう言うと、「はぁ?」と顔を顰められた。「作ったのアイツだけど」と部屋の入口を指す。扉に凭れかかっているガーストが見えた。その少し前に、イクセが崩した姿勢で立っており、「僕らは、もう食べたから」と小さく言った。
「ごめんなさい、寝すぎちゃって」
「大きな力を使ったんだ。無理ないよ」
リーグレが間髪入れずにそう言って、優しく私の手を取ったせいか、エビーの視線が鋭くなる。
「食べながらでいいから聞いて。僕達はもう、あまり時間がないんだ……。これ以上当てもなく女の子を探していられない……なにか、知っていることがないか、わかることがないか、ヘデラも考えてほしいんだ」
私はスプーンでパエリアを口に運びながら、リーグレの話を聞いていたが、力になれそうなことはなさそうだ。だって、女の子についての情報が少なすぎる。
「私、ずっと気になっていることがあって……」
ユーニンが小さく手を上げて言った。
「なんだい?」
リーグレが促す。
「はい、ここって遊具の配置がころころ変わるじゃないですか、置いてあるものも」
「あぁ。時空が歪んでいるからね」
「でも同じものもあって。入口のピエロの看板とか、コーヒーカップとか。それと、私が小さい頃に流行ったキャラの乗り物を前に見かけて……」
「それがどうしたの?」
エビーは私に接するよりは優しく問いかける。
「えぇ、私、その遊具があった場所、知っているんです。夢ランドって、家の近所で」
「夢ランド? あの、有名な? 俺行ったことないけど」
リープが少し前のめりになって話す。
「俺も、近所、だった」
ガーストが聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「夢ランドか……。あれ、待って。そういえば、僕がこの世界に来る直前に、女の子が遊園地で行方不明になったってニュースをしてたような――」
イクセは左手で支えた右手を顎に当て、思案する様子で思い出したように言った。
「あ、私も、確かそんなことを聞きました」
ユーニンは首を縦にふる。リープがエビーを見やり、顎で問いかけた。
「お前が初めにここに来たんだろ、お前、その話知ってるか」
「知らないわよ、そんな話」
夢ランド……行方不明……あぁ、なんだか聞いた覚えが……。私がいたビルの向かいに大型モニター付きのビルが建っていて、確か、その画面越しにニュースが――。
「他になにか覚えてる?」
リーグレが縋るように、ユーニンとイクセを交互に見る。二人は眉を寄せ、困った様子だ。
「確か、私がいたときは、夢ランドで、おばけ大作戦をやっていたような……」
「なにそれ」
エビーは足を組んで隣のユーニンに詰め寄る。
「お化け屋敷の幽霊役が、お化け屋敷の外にも出てきて、来場者を驚かせるイベントだ」
なぜかガーストがエビーに答えた。
「それがなんだ、まさか、おばけにさらわれたとでも言う気か?」
リープがげんなりして吐き捨てる。だが、リーグレは、希望をもって立ち上がった。
「行こう。お化け屋敷になにか手掛かりがあるかもしれない」
私も立ち上がる。リーグレが向かうなら、私も行かなければいけない、そう思ったから。
戦い自体は困難なものではなかった。昔、誰かが言っていた。怖い話は幽霊を集めやすい、と。お化け屋敷にも同じ原理で、おばけが集まってくるのだと、リーグレは言った。
「ちょっと! きりがないわ! どうするの、よ!」
エビーがリーグレを通して赤い弾丸を打ち込み続ける。もはや、腕を出さなくとも念じるだけで光が飛び交っていた。白く叫びを纏った煙は、空洞の穴をあける。
青い水の膜みたいなイクセのバリアの中で、女の子の姿を探す。――だが、見あたらない。というか、おばけの数が多すぎる……。
「なんだか、いろんなおばけがいますね……ほら、よく見ると獣ぽかったり、おじいさんみたいだったり」
ユーニンは呑気に、黄色い閃光を放って、それらのおばけを追い払いながら言った。
おばさんのような姿の白い煙が、バリアに引っ付き、揺らし、突き破ろうとするのを、リープの緑の光が包みこむと、おばさんは空へ飛んでいった。
「おい、今日やたらと雑魚が多くねぇか、全く前に進めねぇぞ」
イライラした声を上げるリープ。と、何体かのおばけが束となり、白い煙がとぐろを巻いた。かと思うと、こちらに竜巻のように突進してくる。
ガーストがいったん引いた身を、前に押し出すように力を込めて踏み出すと、リーグレ越しに黒い煙が、ぶつかり、押して、返して、押して返されたその瞬間、巻き込まれるように白い煙は、散り散りに消えていった。
だが、遊園地の端が薄っすらと明るんできたのと同時だった。
「……。いけない。今日は戻ろう……」
リーグレは唇を嚙みながら、明るむ空を睨んでいた。
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