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ドリームランド  作者: こころ
10/19

イクセ

ガラガラガラ、と病室の扉が開く。頬を紅潮させた、はにかんだ顔が覗く。

「よお、元気か? って元気じゃねえからここにいるんだったな」

サッカーボール片手にいけしゃあしゃあとものを言う。だけど、僕にはその方が気持ちよかった。

「また無茶したんだな」

膝小僧の少し上に、派手に擦り傷をつけた友人は、はん、と傷口を叩いて見せた。

「なんでもねえよ、それよりほら」

友人は掛布団の上に、買ってきたお菓子や、僕の趣味じゃない雑誌をばら撒く。

水着の女性が胸を強調している姿に、思わず苦笑いがもれる。

最後に分厚いマンガ雑誌がドスッと落ちてきた。

「気になってたろ、アイツが裏切者かどうかって」

「それはそっちだろ。でもありがとう」

友人はさっそく雑誌を開き、続きを探している。ペラペラとめくる音が病室に響いて、他の病人も皆その音に聞き入るように静かだ。

友人は学校の話なんかを僕にはしない。僕が好まないことを、言わなくてもわかってくれる。なぜって、もう行くこともない場所の話なんて、聞いていても退屈だ。

それに今何が流行ってる、とか、こんな出来事が、という話もしない。僕が、「ああ、そう」としか返さないのを知っているからだ。

「あれ、違うみたいだ、フェイクだ、フェイク!」

友人は興奮しながら、絵をこちらに見せる。僕の興味は今や、そう、フェイクの世界だけだ。現実なんて、もう、関係ないのだから。

「本当だ。僕も騙されたよ」

ああだ、こうだと、考察し合い、僕の好きな映画についても語る。

「そういえば、あの映画の主題歌で、女子が踊るらしいね。風の便りで聞いたよ」

「あ? ああ、文化祭な。くだらねぇよ」

たまに友人の実生活へ話を向けてみる。友人は、決まって些細なことのように、馬鹿げたことのように短く答える。僕はそれを聞いて、安心する。ああ、くだらない。この世界はいつまでたってもくだらない。

「それより、次の回が気になるよな」

友人はまた雑誌の表紙を掴む。「そうだね」僕は微笑む。

「はーーい、どいた、どいたーー、検査ですよーー」

看護師さんが検査用具を持ってくる。「またな」と、友人は軽く手を上げ、帰っていった。


「調子はどうだ」

空元気でもなく、素っ気なくもない声の調子で、主治医が僕を見る。

「まあまあですよ」

「そりゃ良かった」

もともとの主治医はやたらと声がでかく、熱血漢のような人で、半年前、「頑張るんだぞ」 と僕の肩を叩き、他の病院へ移っていった。どうやら、こんな田舎ではなく、都会のもっと好条件の病院に引き抜かれたようで、「栄転だ、栄転!」 と他の医者に自慢しているのを盗み聞きした。

そう、僕のことなど、誰も気にはかけない。僕がいなくても、世界は動き続けるのだ。

あたりまえだけど、あたりまえだと実感するたびに、なにか、穴に落ちるような感覚に襲われた。

「もうすぐ手術だな。緊張してるのか」

「まさか」

ドクトル、というあだ名を子供の入院患者につけられている主治医は、ふら、っと診療外にこうしてやってくる、風変りな医者だ。普段は無愛想で、なんのためらいもなく、余命宣告もやってのけるらしいが……。

「先生の方こそ、緊張してるんじゃ? 先生がやってくれるんでしょ?」

僕は、横目で、無感情な瞳に問うてみる。

「舐めるなよ」

「別に舐めてませんよ……、でも、先生、別にいいんですよ」

「なにが」

僕はフッと息を吐く。家族の、友人だった人たちの、顔が浮かぶ。

「先生! 助かるんですよね、お願いしますよ、一人息子なんです! この子がいなければ、生きていけない!」

母の声――。

「母さんを泣かせるな。お前が弱気でどうする。しっかり戦って、勝って、うちの後を継いでもらわにゃ」

父の声――。

「早く良くなるといいね、そしたら、また学校で会おうね」

とっくに顔も忘れた、元同級生の声――。

皆、よく聞けば、僕のことなどどうでもいいと思っている――。

「失敗しても。実験だと思って」

そう言って、ドクトルを見つめる――思わず息をのむ。

今まで見たことがない種類の、怒りの目。針で眼球を刺されたような視線に、咄嗟に目を伏せる。

ドクトルはなにも言わずに、去っていった。

――それから一週間後、手術台の上の僕を、ドクトルが覗き込む。この前の、怒りの目は変わらないが、針は鋭さをなくし、刺しても丸みを帯びていて痛くない、そんな視線が僕の記憶の最後だ。

読んでくださり、ありがとうございました!

これからもよろしくお願いします。

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