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演技が巧すぎる女優

 綿貫朱音はアイドルにしては容姿があまりよくないというのが凡その世間一般での評価だった。

 断っておくけど、決して可愛くない訳じゃない。僕個人の意見を言わせてもらうのなら、気の強そうな外見をしている点に目を瞑るのなら充分に可愛い。

 ただ、歌も踊りも並程度で、アイドルとしての武器に欠けている点は否めないとは思っている。ある時、そんな彼女にドラマ出演が決まった。どんな切っ掛けかは知らないけど、演出家が彼女に演技力の才能を見出したのだ。

 あまり目立たなかったのだけれど、彼女の演技は地味ながら確りと役どころの芯を捉えていた。その力を認められたからか、徐々にドラマや映画の出演が増えていき、そして遂には映画の主演女優の仕事を獲得し、しかも、その映画はかなり話題になったのだった。

 ……もっとも、作品が評価されたというよりは、彼女の過激なシーンに注目が集まったといった方が正解だったかもしれないけど。

 彼女の役には大胆な濡れ場が数多くあり、その演技力の高さも相まって世間の男どもを大いに悦ばせたのだ。この場合、彼女の気の強そうな外見もプラスに働いた。気の強そうな彼女が乱れているシーンは、そのギャップで男どもの征服欲を的確に刺激したのだ。

 彼女はその演技が認められ、次の女優としての仕事も決まった。もちろん、今度も濡れ場があった。世間の需要に応えた形だ。彼女がどんな風にそれを思っているかは分からないけれど、気にさえしなければ大きなチャンスだと言えた。

 ただ、僕はそんな彼女を心配していたのだった。

 

 「……あの、監督が気に入らないのは分かりますけど、もう少し気合い入れて演技をしないと、綿貫さん自身が損をしますよ?」

 

 休憩中の綿貫さんに僕はそう忠告をした。

 僕は彼女の所属する芸能事務所で、スケジュール管理や事務などの裏方として働いている。僕には今回の仕事を、彼女が真面目にやっているようには思えなかったのだ。そしてそれは濡れ場が嫌だとか役が気に入らないだとかいった理由ではなく、単に監督との折り合いが悪いだけのように思えた。その監督は彼女をまるでベッドシーンだけしか魅力がないAV女優のように扱っていたのだ。

 僕のその忠告を聞くと、彼女はやや目を大きくした。

 「驚いた。深田君、わたしのことを心配してくれているんだ?」

 「まぁ、一応」と僕が応えると、彼女は少し嬉しそうにした。

 「ふーん…… ボーっとしているって思っていたけど、案外見ている所は見ているのね。でも、安心して、ちゃんと考えてのことだから。あの監督が気に入らないからってのはその通りなんだけどね」

 僕には彼女が何を言っているのかよく分からなかった。そして僕が心配した通り、彼女の演技は酷評されてしまったのだった。“悪くはないが、評価すべき点も見当たらないつまらない演技だ”と。

 一体、彼女は何を“ちゃんと考えていた”のかと僕は残念に思ったのだけど、それから彼女はSNSで驚くべき告白をしたのだった。

 

 「わたしの前の映画の演技が良かった理由は簡単です。わたし、本当にあの人のことを好きになっちゃっていたんです。つまり、あれは演技じゃなかったんです。

 ……あの人はもう結婚しているのに、馬鹿ですよね。分かってはいたんですけど。

 あ、一応断っておきますが、あの人と肉体的な関係になったなんて事は一切ありません。彼は誠実な人でした」

 

 その告白に世間は騒然となった。

 相手の男優とのラブロマンスが噂になったり、悲恋が外連味たっぷりに報道されたり。ただ、それ以上に注目されたのは彼女の“演技ではない”という発言だった。過激なあの濡れ場が演技ではない。想像力を掻き立てられた男達はDVDを買いに走り、動画投稿サイトでも問題のシーンは盛んに取り上げられた。その宣伝効果は凄まじく、それは綿貫朱音の商品価値を大いに上げた。

 ただ、それでも僕はやっぱり心配していた。こんな形で売れてしまった彼女は仕事のチャンスを失ってしまったのでないか? と思っていたからだ。

 ……ところがだ。

 

 「あんなの嘘よ。当然じゃない」

 

 僕の心配そうな顔に向けて綿貫さんはそう言うのだった。

 「嘘?」

 「そう、嘘」

 澄ました顔。

 「わざと下手な演技をすれば、前のエッチなシーンが本気だったっていうのを信じてもらい易くなるでしょう? だから、わざと下手に演技して酷評を受けてから、嘘を言ったのよ」

 僕はその説明に目を白黒させた。

 「そんな…… でも、そんな事をしたら仕事のチャンスが……」

 「そうねー。女優の仕事は減るでしょうね。でもわたし、別に女優の仕事をいつまでも続ける気なんてないのよね。

 そして代わりにわたしはあの悲恋騒動のお陰で、たくさんのコネクションを得られた」

 そう言うと彼女はにんまりと笑った。

 確かに彼女はあの事件によってテレビだけじゃなく、イベントや動画配信などの数多くの仕事を手に入れていた。そして、そのコネクションを利用して、マネジメントやプロデュースの仕事もやり始めている。

 彼女が関わった動画チャンネルが複数立ち上がっていて、今のところは順調らしい。いくつかは長期間生き残るかもしれない。そんな彼女を頼って、新人やアイドルの卵も集まって来ているのだとか。

 「ね、君もわたしの所で働かない? 意外に良い目を持っているって分かったし、誠実だから信頼できるわ」

 彼女は澄まし顔だった。

 僕はゆっくりと口を開く。

 

 「一体、いつからあなたはこれを計画していたんですか?」

 

 綿貫さんは楽しそうに笑った。

 「さあ~? いつからでしょう?」

 もしかしたら、アイドルをやっていた頃から彼女はこんな事を計画していたのかもしれない。だとするのなら、最初の頃のまだ未熟だった演技すらも……

 

 「人生なんて、長い映画に出演しているようなもんでしょう? だったら、精々巧く演技をしないとね」

 

 そう言った彼女の顔すらも、僕には演技をしているように思えた。

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