〜前夜〜
夜、今日は見事な満月。辺りは静寂に包まれていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…..」
?いや違う、僅かだが何か聴こえてきた。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…..」
こんな真夜中に何者かが灯も持たず、月明かりを頼りに街道を息も絶え絶えで走っている。
——や、やった…ようやく見えてきた…
この近辺の地理は詳しく無かったが間違い無い。『テオドア』だ。壁にぐるりと囲まれたその街の入り口にまもなく到着するのだ。
——あ、脚の感覚がもう無い…靴も片方どこかへ行っちゃった…
ここに来るまでどれほど苦労したのだろう。ズボンはあちこちが破れ。靴を無くした左足には小石がいくつか突き刺さり血が吹き出している。痛みは感じない。仮に感じたとしても脚を止めるわけにはいかない。
——な、なんでこんな事に…ただの『おつかい』だったはず…
ダメだ。そんな事考えても意味は無い。既に体力も限界で頭も碌に回らない。今考えなきゃいけない事ただ一つ。
「はぁ…はぁ…た!助けっ…うっ!ごほっ!ゴホッ!………うぅ……ひゅーっひゅーっ…おえ…」
息も絶え絶えの状態でいきなり叫ぼうとして、危うく内臓が飛び出るのではないかと思う程の苦しさが込み上げ動けなくなる。たまらず近くの草むらに蹲り、身を隠した。
——く、苦しい!…もし今見つかったら!
目的地はもう鼻の先だ、ここで捕まるわけにはいかない。必死に身体の内側から起こる爆発的のような衝撃を抑えこもうとする。今にもあの男達が追いついて来るのではという恐怖に駆られる。
「ゴフッ!ゴフッ!ぐぅ…はぁ…はぁ…ふぅーふぅー…い、行かなきゃ……」
なんとか身体に鞭打ち先へ進もうとする。皮肉な事に今は『恐怖』というマイナスな感情が自分を満たすエネルギーとなっていた。
——あっ?あれ?脚が…
僅かに息は整った。だが一度脚を止めてしまったのがダメだった。感覚は無かったにしろがむしゃらに動いていた脚は何キロもの錘を付けたかのように重い。それに加え全身も震え出してくる。
——今あの人達に追いつかれたらおしまいだ…早く街に行かないと…
最後に残された気力を振り絞りヨロヨロと立ち上がる。が…
——えっ?なんで?…
不思議な感覚を襲われた。と思った。突然地面が自分に向かって起き上がって来たのである。既に限界の限界を超えてしまった身体は言う事を聞かず、意識を暗闇の中へ飛ばそうとしている。
――ああ、そんな…もう少し、あともう少しなのに…
こうして彼女は意識を失った。ただ不幸中の幸いか、
彼女の身体は生い茂る草むらに完全隠れるように倒れこんだおかげで追いかけてきた【奴ら】に見つかる事は無かった…
この事を知るのは一部始終を見ていた『月』だけなのだった。