魔法実技2
「チーム組んだな?じゃあウォーミングアップがてら的当てから始める。4人の合計ポイントで判定決めるぞ」
気怠げな声で先生はそう言うと詳しく説明を始める。的は前世の射的のような丸板で中心に当たるにつれてポイントが高くなるシステムのようだ。距離はざっと30mくらいで的は直径40cmくらいだろうか。その的が横4列に並んでいる。
「この板は特殊な木で魔力が練り込まれていてちょっとやそっとじゃ壊れないようになってるが、報告書書くの面倒くさいから壊すなよー……じゃあ、4チームさっさと並んで順番に的当て始めるぞ〜」
早く終わらせたいのだろう、大雑把に説明終えるといつ持ってきたのか椅子に座って欠伸までしている。
……これは先生のサボりでは無いのかしら…
生徒達は戸惑いながらも的当てを開始する。
「ジョリー5点リリアナ0点ケリー1点アナベル1点…はい次」
なんで見てないのに分かってるのよ…
そんなことを思いながらも先生の言う通りにポイントを書いていく。的当てをしている人達を見ながら隣にいるヴォルフをそういえばなんで見学を許したのか気になって先生に声をかける。
「あの、先生…なんでヴォルフの見学許したんですか?」
「あ?そりゃこいつが見学にさせないと的壊すって言ったからだよ。やりかねんから許した」
…………。あんた先生脅したの!?何考えてるのよ!!?
勢いよくヴォルフを見上げるも素知らぬ顔でなんだよと悪びれもせずに応える。先生も気にしてなさそうで、ポイントを言うので仕方無しに記録していく。
私、姑息サボり魔と堂々サボり魔に挟まれているのね……
案外2人は似ているのかもしれないなと思いつついつの間にか残り2チームになっていた。1チームは殿下達でもう1チームはコンラートと脳筋ペアのチームのようだ。
人気者なだけあって歓声も凄いなーと思いつつ2つ的が余る為1年組と3年組に分けて4列になる。
「おーいお前らうるせーぞ〜……じゃあ好きなタイミングではじめろー」
「はいはーイ!メイリンちゃんイッきま〜す」
見ててねヴォルフ先輩〜♡と手をブンブンと振ると手に魔力を溜めて長い槍のような形状にする。その槍のようなものからバチバチと稲妻が走っている。
先生はそれを見てほぉ……と前のめりになる。
魔法はイメージが大事なのだが、それと同様自らの魔力量がどの程度なのか知っておかないとならない。イメージは出来ても魔力量が合ってなければ直ぐに魔力切れを起こす。逆に魔力量があってもイメージ出来てなければただの魔力弾になるか不発に終わる。
どちらもあったとしても形状にするには緻密な計算と技術が必要になるのだが、それを彼女は1年生でやってのけたのだ。
「いっくよー、いけ!雷電槍!」
彼女はそう言うと腕を思いきり振り槍を投げた。
そこは自分の腕力なんだと思いつつ何点か見ようと目を凝らす。
――バチバチ、ドーン!
凄まじい音と共に土煙が舞う。ご令嬢達はキャーっと耳を塞ぎ令息達は吃驚しながらも興味津々といった様子だ。因みにこのサボり魔2人組も目を見張っている。……1人は壊れていないかの心配をしてそうだけど。
「……アチャ〜、壊れなかったカ〜!そレに真ん中狙ってたのに悔しイ〜!!!」
「おーい壊すなって言ったの聞こえなかったかー?……あーあ、跡残ってるじゃねーか」
「壊すナって言われると壊したくなるヨ?でモ、すみマせんでしタ!」
えへへ、と頭を掻きながら舌を出すメイリンを見て先生は溜息を吐く。的は中心から僅か上に焼け焦げた跡がついている。
「いやぁ……こんなの見せられたら僕達も頑張らないとね」
「殿下の右腕であり魔法一族の私が負けてはいられませんね――鎌鼬」
殿下とコンラートに火がついたようで呪文を唱えるといたちが鎌を持ってコンラートの周りを飛んで回っている。
知的な彼といたちの可愛さのギャップに私は引きつつ(令嬢達からは人気だが)、続いて殿下が水を弓矢にして形状化させる。ほぼ同時に的に向かって打つ。
殿下もコンラートも中心を見事打ち抜いていて歓声が沸き起こるが、先生は暗い顔をしている。殿下は中心を打ち抜いたのだが、貫通していて更にコンラートに至っては中心から左上にかけ斜めに大きな傷をつけているためである。
「さっき言ったよなぁ〜?壊すなって、どやされるの俺なんだぞー」
「申し訳ありません、ですが皆さんの実力を知る場ですので少々自分の実力を見せた次第です」
「お前らの少々は少々じゃねーんだよ……ったくあーもういいお前ら次に回れ」
乱暴に髪の毛を掻くと半ばやけくそに次に回る。
やっとヒロインのリナちゃんのターンだ。ドキュンの魔法実技イベントでこちらに来たばかりのヒロインが魔法を上手くできる訳もなく想像不足で魔力暴走を引き起こす。その時チームを組んでいた攻略者が助けるというストーリーなのだが実際起こるか分からない。
編入編も実際は始業式が終わって数日後の予定だったし、最初から何もかも違うのだ。やっぱりゲームと現実は違うのかしらね……
リナちゃんを見つめながら考えていると、的に向けて手を伸ばしたまま視線が気になったのか私と目が合う。固まる彼女に私は早くしなさいと口パクで言って悪役らしい笑みを浮かべると顔を真っ赤にして彼女はワタワタしながら手の平からぽすん、と光の玉を出す。
うーん、やっぱりイメージは出来ていないけど暴走する程の酷さでもないわね。
へろへろな軌道を描きながらゆっくりと的に近付いていく。他の生徒達も勇者の直系と聞いているのでなんだあれ、と嘲笑っている。……後で笑ったやつは校舎裏に呼ぼう。
時間をかけてやっと的に当たった瞬間、衝撃波と共に凄まじい光を発し皆目を開けれなくなった。
――ドゴオォオオオオッッ
「きゃあああ!!!」
「な、なんだ!?見えねぇ!!!」
何が起こっているのかヴォルフに抱かれたまま耳を澄ますも状況が全く分からない。動こうにも風が強すぎて立っているのもやっとで、そんな中近くに座っていた先生が立ち上がる気配がする。
「空間障壁」
すると突風が消え私達はホッとする。ただ、さっきよりも収まってはいるものの瞼の裏からもまだ光を感じる。少しずつ目を開けると的があった場所に的はなく、変わりに大きく窪んだクレーターが出来上がっていた。
クレーターの1番近くに居たリナちゃんは頭を抱えながらしゃがみ込み殿下に抱きしめられて腕の中で震えていた。
これはドキュンのスチルそのもので普段の私ならかなり喜んでいただろう。だけど、実際に震える彼女を見ると素直には喜べない。トラウマにならなければいいけど……
「あーあー派手にやったなー……おい、ジークバルトはそいつを救護室に連れてってやれ」
「はい」
殿下がリナちゃんをお姫様抱っこすると悲鳴が起こる。いきなり横抱きされてリナちゃんは赤面しつつも降ろして下さい!と殿下に抗議している。
皆が危ないです!とか殿下の手を煩わせる必要ありませんと抗議しながらも彼女を怖がり近寄ろうとはしない。
「リナ嬢」
私が一声かけると周りが鎮まり。次はどう動くか、婚約者が別の女性をお姫様抱っこしているこの状況で怒り狂ってしまうんじゃないかとか頭の中で思ってるんだろうなーと思いつつゆっくりと近付いていく。
リナちゃんは慌てて降りようとしているのか殿下の胸を押しているが無駄だと知ると涙目で私を見つめてくる。
「エ、エレノア様すみません私――」
「貴方素晴らしいわね、流石勇者様の血縁者ですわ。ですが、魔力使い果たして立てない程お疲れでしょう?殿下が運んで下さるから安心しておやすみなさい」
殿下の胸に収まっている彼女の頭をそっと撫でると、少し驚いた顔をしてその後緊張の糸が切れたのか目を瞑ってしまった。恐らく寝てしまったのだろう。
殿下と目配せして、少し頷くと殿下は今度こそ救護室へと向かって行く。私はというとこの後の事を考えておらず、なんか言わなきゃいけないかな……と悩んでいた。
「え?あぁ、いーんすか……えぇはい分かりました」
突然先生が校舎の最上階の――学園長室であろう方向に顔を向けながら独り言を言い始め、皆がそっちの方に視線を向ける。
「あー……お前ら俺の前に来るなよー」

そう言うと先生は面倒臭そうにクレーターの近くへ進み、手前に止まると片手を前に広げる。
「――範囲固定、空間修復」
呪文を唱えるとヴヴン、と音を立て瞬きする間にクレーターは無くなり、変わりに無くなった的が何事も無かったかのように元に戻っている。
この人先生としてはちょっとアレだけど、魔法の実力は相当なものなのね。
感心していると先生は振り向いて、頭を掻きながら生徒を一瞥する。
「今日の授業はここまでにするぞー……さっき見た事は他の先生には言わないようになー、報告書書かないといけなくなるから俺が困る」
欠伸しながらしっしと手を振る先生に、戸惑いながらも各自自分の教室へ戻ろうと校舎の方へと戻っていく。
救護室へ運ばれたリナちゃんも心配だし、私も戻ろうと歩き出した時数人の生徒が私の所へと集まった。
「エレノア様大丈夫ですか?」
「今日は災難でしたわね……」
国王派の貴族令嬢達で私を案じる彼女達に微笑みかける。
「先生が魔法で守ってくれたので平気よ。……貴方達もお疲れでしょう?」
「いいえそんなことありませんわ!ですが驚きましたわ……その、今まで半信半疑でしたの」
恐らく始業式の学園長が話していた件についてだろう。確かに何も知らない状態だったら私だって怪しんでいるだろうし彼女の言いたいことは分かる。口を開こうとした時、金髪ドリルが視界に入りまたコイツか……と顔には出さず内心舌打ちしたくなる。ガブリエラの背後には私と同じく貴族派のご令嬢を引き連れていた。
「本当に驚きましたわ!まさか殿下が婚約者の貴方ではなく編入生を庇っていらしたことに…それに見ました?大事そうに抱いて運んでいらしたわよ?」
ねぇ?と後ろの令嬢達に声をかけるとガブリエラの取り巻きは本当吃驚しましまわね!と同調する。
反論しようと前に出そうになる令嬢に手を出し止め、大丈夫といった意味で微笑むとガブリエラに向き合う。
「あら、私の身を案じて声をかけてくださったの?」
「なっ……別に貴方のことなんて心配しておりませんわ!」
「そうですの?あぁ、私が彼女に嫉妬なさっていると思ってらっしゃるのかしら?それなら平気ですわ。殿下はやるべき事を為さっただけですもの……ですから私は殿下を信頼して見送ったんですのよ」
十中八九、私が落ち込んでいる所にトドメを刺そうと口撃しに来たんだろうけど嫉妬も落ち込んでもいないのでどうしようも無い。寧ろお姫様抱っこされて殿下の腕の中で眠るリナちゃんにナイス!とすら思っているところだ。
現に想像と違った反応でどうしたらいいか困惑しているガブリエラとその取り巻き。逆に国王派ご令嬢達は殿下とエレノア様はお互い信頼なさってお似合いですわね、とか流石エレノア様ですわと褒めちぎっていて恥ずかしい。
「それではリナ様の容態が気になるのでこれで失礼させていただきますわ」
「――っ、やっぱりお二人の関係が気になっているのではなくて!?ですから編入生が心配だと仰いながら行かれるのでしょう!?」
……あーもうしつこいなー。
もうそれでいいやと思いながら歩こうとしたら、私の背後を見て硬直したガブリエラと赤面する取り巻き達。近くにいたご令嬢方も何故か少し距離を置いている。
「そーそー、生徒会に加入したての新人ちゃんだからさ心配してんだよ!な!?」
「君も行くのは些か不愉快ですが今回は仕方ありませんからね……」
「私も新人ですので同じ仲間として御一緒しましょう」
「じゃあ、僕も御一緒していいですか先輩?同じ新入りとして是非」
「えー!?マルクどうイうこと!?わたシも行く!!リナちゃん心配ネ!」
生徒会の皆がいつの間にか集まって面々に話し始めている。それを見つめていたら肩に手を置かれ、ヴォルフが行くぞと目線で伝えてくる。私は生徒会の皆に感謝しつつガブリエラに
「今から私生徒会の皆さんとお見舞いに行きますの。御一緒したい方はいらして?」
そう言うと不敵に笑みを浮かべたのだった。