始業式
学園を上空から俯瞰的に見ると凹の形をしているのだが、講堂は男子寮と学園の間に建てられている。今は朝会の時間で教室に居なければならないが、生徒会特権として事前打ち合わせする為に学園と講堂へと繋ぐ回廊を渡っている。
エントランスを抜け、一般生徒が入る扉をすり抜け演壇付近の控室へと入る。生徒会の他に教育指導係の先生や教頭が席に座って待っていた。だが、聞き出そうとしていた学園長が居ないことに疑問を持ちながら挨拶し、空いている席に座る。
「学園長は今日は直前まで用事があるという事なので会議には出席しない旨を言付かってます」
生徒会長であるセザールが告げる。何で時間が無いのにこんな時に限って学園長来ないのよと内心大暴れ気味の私は、鼻で笑う声に我に返る。声の主はふんぞり返って私達を見渡す。
「学園長はトップだという自覚が無さすぎる!そうは思わんか?ダルミール先生」
「ええ、本当に困ったものです…奔放過ぎますよ、その点教頭がしっかりなさっているから安心できますがね」
学園長が居ないことに言いたい放題で挙句の果てに教頭が学園長になれば安泰だとよいしょし始めて会議しに来たのよね?悪口大会の場だと勘違いしてない?と言いそうになる自分を心の中で宥める。
「それに学園長の服装は胸元が開きすぎだと思いませんか。教育する立場の人間があのような破廉恥な格好をして全く…男子生徒を誘っているようにしか思えん」
「そうですよね!私も教育指導者として一言云うべきかと常々思っていた所なんですよ」
「それに比べ女子生徒の服装は淑女らしい格好で素晴らしい……そうは思わんか?フローリア君」
ワイシャツ部分は白、その上に薄い紫を基調とした膝下ワンピースの制服。襟元の線、スカートの線やリボンの色で何属性か分かるようになっていて、無属性の私には王国のパーソナルカラーのロイヤルパープルが使われている。とても可愛らしい制服なのだが胸下までは白シャツとなっており、胸元を強調したかのようなデザインとなっていて、辛うじてショート丈のジャケットで今は隠れている。
……つまり変態教頭は見える胸には不快感があり、見えていないが強調されたものには興奮するらしい。
気持ち悪いと思いながら表面上は笑顔で曖昧に返事をしておく。全体の空気はかなり重いけども。殿下が静止してくれたお陰で先生達はやっと静かになる。
「集会まで時間が無いので端的に説明します。進行は我々がやりますので開式の辞と閉式の辞は教頭お願いします。ダルミール先生は諸連絡と生徒指導等についてお願いします。先生方の説明は以上です……それと、僕の婚約者が素晴らしいとはいえ、あまり凝視されますと悋気抑え難いので慎んで貰いたい」
最後は教頭に厭らしい眼で私を見るなと忠告してくれて、教頭はたじたじになりながらもう我々の説明は終わったようなので失礼すると逃げるように部屋から出ていった。
「大丈夫?エレノア」
「ええ、ありがとう殿下…私の事は気にせず続けて」
「んー、と言ってもやる事は何時もと変わらないから始まるまでここで待つのもいいね」
普段の彼なら毎回やる事だとはいえ会議をするのに、今回はやらないということに少しながら私に対する優しさを感じ苦笑してしまう。
「やーやーやー、遅くなってすまないね。そろそろ始まるから手短に言う。開式の辞が終わったら直ぐに学園長の挨拶に変更してくれ」
ガチャリと扉を開け片手を上げながら笑っている学園長が変更の旨を伝えると会場を確認に出ていく。
……嫌な予感。
皆も同じ意見のようではぁ〜、と長い溜息を吐いた。
◇◇◇
講堂には全生徒500人余りが席に座っており、新入生は新調されたばかりの大きめな制服を着て初々しそうに辺りを見渡しては感嘆している。それを見て和んでいると凛とした声で生徒会長がコーネリア暦を言ってセントリア学園の始業式の開始を告げる。
私達生徒会は生徒代表として演壇の隅に立って教頭の長ったらしい話を鉄仮面笑顔を張り付ける。
学園長が痺れを切らして演壇に向かって教頭の寂しい頭を叩いた。生徒達からしたら感謝ものだけれど、教頭はこれで更に学園長嫌いに拍車をたてたなぁ…と必死に笑いを堪えながら思う。(内心では?もちろん大爆笑よ)
そして学園長の話になった時、それは起こった。
「あー、今から学園長である私――メフィア・フィレスの挨拶なのだが……うん、そろそろかな」
彼女が講堂の奥の大きな扉を見ると皆も釣られたようにして振り返る。
私達も怪訝に感じながら目線だけそちらを向けたら大きな音と共にリナちゃんとオスカーが現れた。
「す、すみません!遅れました!ここって講堂で……合ってますね」
「んっ……ふふ……ごほん、遅れました」
「お、ピッタリだな君達。早くこっちに降りてきなさい」
うわーうわーうわー……
リナちゃん可哀想に…こんな皆に注目されながらとか私だったらUターンして不登校コース一直線よ。
恐らく学園長のシナリオなんだろうけど、それにしても公開処刑過ぎる……
若干引きつった笑顔になっているのが自分でも分かる。不意に学園長が私達を見てお前達は私の横に並びなさい、と注文を受け学園長の3歩ほど後ろに横一列に立つ。
顔面林檎のように赤くなった彼女と飄々としたオスカーも壇上に上がり学園長の前に全生徒と向かい合う形で立たされる。
「驚かせてしまってすまない。今年、三年生に編入する2人だ。彼等は我々セントリア学園の新しい試みとして1年間通う事になる。その試みとは――現在貴族様方しか高度な学習が受けれず私としては悩みの種だった。そこで、優秀な者なら平民や非嫡出子も受け入れようと考え、見事この2人が選ばれたという訳だ。ここにいる彼は平民出身で珍しい影属性を持っている。そして隣にいる彼女は――――」
ひと区切り置いて悪戯笑顔になるのが見えてつい警戒してしまう。
「皆も一目見て分かるように東洋人だが、アリアと勇者の血を濃く受け継いでいる…そんな高貴な母君を持つ彼女の父はバーキン侯爵なんだが、最近まで娘がいることを知らなかったらしい」
「光魔法を扱う者が侯爵領にいると風の噂で聞いた彼が彼女に出逢って一目で自分の子だと確信したらしい。いい話だ!……さて、気づいた者もいるだろう。彼女は希少でかの有名なアリアが扱っていたとされる光魔法持ちだ。しかも直系の子だ。そこらの光持ちとは訳が違う、よって施策の先駆者として素晴らしい2人だと判断し編入を許可した次第だ。」
サー……と血の気が引く。全生徒に学園長は何を話したの?聖女と言ってないにしろ、勇者とアリア神を先祖に持つ者として紹介したら充分教会や第1妃が彼女に興味を持つのは当たり前の理だろう。
他の生徒会もそう思ったようで特に殿下の顔色が悪い。
この後のことは頭に入ってなくいつの間にか終わっていた。