メフィア学園長
学園長との面会はホリデーが終わる1日前だったので残り3日間を図書館で過ごしたりセントリア街で買い物したりして楽しみ、その日がやってきた。
膝下丈のワンピース型の制服に身を包み学園長室前に行くと、私が最後だったようで一斉に見られる。
「おや、君も呼ばれていたんですか庶務さん。随分遅かったですね」
「ええ、私も庶務といっても生徒会役員ですので」
この人は開口一番に嫌味を言わないと死ぬ呪いにかかってるのかしら……
毎度の事なのでサラッと受け流すとグリーンの前髪を七三に分け後ろの長髪をひとつに結んで、黒みがかった緑眼の男が不満そうに左目に付けている片眼鏡を上げた。
「皆さんお待たせして申し訳ありません」
「僕達も今来たところだからそんなに待ってないよ、ね?コンラート」
「会長……コホン、確かに待ってませんでした」
……私に言ったことと真逆のこと殿下に言ってる。
相変わらず殿下の犬のような彼、コンラート・ヴィノスに引きつつ視線をヴォルフの横で楽しそうにホリデー中の剣の稽古について一方的に話しかけている彼を見る。
ブラウンの髪色の毛をベリーショートに切られていて、パッチリとした形の中で燃えるような赤い瞳を今は輝かせ、ホリデー中王都の外壁を一周する訓練について鼻高らかに語っている。
私の視線に気付いたのかエレノア嬢!と人懐っこい笑顔で近付いてきた。
やめて、貴方の話は暑苦しくて聞いてられないのよ!
そんな気持ちを察してか、殿下が手を合わせて叩く。
「久しぶりに会って話したいことがあるだろうけど、学園長が待っているし入ろうか」
◇◇◇
「失礼します。学園長先生、皆揃いました」
学園長室に入ると奥の学園長席の前に立っている2人がこちらを振り向く。
リナちゃんとオスカーだ。
「時間通りだね、いきなり呼び出してすまないね」
学園長席にはヒロインと争う程の黒髪を腰まで長く伸ばし、血のように赤い瞳を持ち微笑んでいる。微笑んでいる口元の右下には黒子があって妖艶さが増している気がする。しかし、見た目は20〜30代に見える彼女は実は初代学園長であり今もその座を誰にも渡していない。
そんな彼女――メフィア・フィレスが机の上で指を絡ませていた手をほどくと私達に向けて手招きする。
学園長に従うように先に入っていた2人に倣って横一列に並ぶとメフィア学園長はいい子だというように頷いた。
「セザール君とエレノア君は知っているとは思うが、この2人は明日編入する。――今から話すことは最重要事項であり外部に漏れたら我々の首が飛ぶことを理解した上で聞くように」
事情を知らない人達の息を飲む音が聞こえる。その中にはリナちゃんも入っていて心の中の私が貴方当事者でしょ!とツッコむ。
「今まで貴族の私生児達は違う王立学園に通っている。だが今回、特例として編入させる事が決まった。表向きは学業に庶民や私生児と貴族の壁を無くす為の施策運転としてとなっているが違う。……まぁ、こちらとしては有能な庶民も育てていきたいと考えていたからよいのだが実際は」
コホン、と咳払いするとメフィア学園長は立ち上がる。リナちゃんに近づき腕を引っ張って私達に向かい合う形にさせると、背後から彼女の両肩に手を乗せてイタズラっ子のような笑顔を浮かべた。
「――――聖女である彼女、リナ・クリハラを匿うためだ。あ、もう1人はこの子の学園生活の護衛の為だね。私の探知魔法と護衛君がいれば大丈夫だと思うが初めての編入生で私生児、そりゃ1年間の編入でも貴族様方にとっては不快極まりないだろう…そこでこの学園で生徒のトップである君たちにもお願いすることに決まった」
どうだ?光栄だろう?と言いたげな表情に唯一あの剣バカだけが反応した。
「学園長に応え、聖女リナ様の快適な学園生活を過ごせるよう全力でサポート致します!!」
「うむ、いい返事だクリストフ君」
不安しかない……これからの事を考えるとガンガンと頭痛がして額に手を当てる。その姿を隣にいたヴォルフがちらっと見て大丈夫か、と小声で話しかけられ、平気よという意味で微笑する。
視線をリナちゃんに戻すと何故か頬を膨らませてヴォルフを睨んでいた。いやどうして?
「特にエレノア君は同性同士でお願いする場合があるだろう」
「失礼ですがそれは無理だと思います」
ショックを受けた表情のリナちゃんと目を見開くメフィア学園長に、生徒会たちも一斉に私を見つめた。視線が痛すぎる。
「彼女は珍しい光属性の持ち主です。当然Sクラスに入ることでしょう。勿論、護衛の方も……しかし、私はAクラスでございます。クラスが近いといえど学園生活ではすれ違う程度だと思います」
「なるほど」
生徒会役員の中で唯一のAクラスである私はそれを理由に断り、聖女と仲良くしたくないアピールを開始した。
「それに、編入してきた彼女と急に仲良く接するのもおかしな話ですわ。貴族派のご令嬢ご子息達が怪しむに決まっております。私は籠の中の鳥にするつもりは毛頭ありません。新施策のサポートは致しますがそれ以上のことはやりませんわ」
これだけ言えば分かるだろう。もっともな意見を並べたてメフィア学園長は納得した様子で考えている。攻略者達は殿下とオスカーとコンラートは理解しているが言い過ぎだろうと非難の眼を私に向け、騎士道真っ只中の筋肉おバカさんはめちゃくちゃ睨んでくる。
あーこれ、ヒロインを悪役令嬢から守ろうとしてるようだなと悶えているとメフィア学園長が手を2回叩く。
「とにかく、生徒会のメンバーは学園生活で困っている範囲で聖女を助けるように。それと、聖女だと勘づかれることも無いよう注意してね。聖女は1年だけだが楽しく学園生活を送ってくれ――エレノア君、最初のお仕事だ。寮までの道を教えてあげてくれ」
「……かしこまりました」
面倒くさいが生徒会の仕事の1つだろうと判断して渋々従う。寮と聞いてリナちゃんが嬉しそうに目を輝かせている。
そうだよね〜、日本じゃ県外の学校に通わない限り寮生活なんてしないもんね〜
ちょっと(かなり)癒されながら学園長室から出ると、攻略者達がリナちゃんに話しかける。
「生徒会会長のセザール・ヴィノス・ジークハルトです。君とはあれから何回か話したよね?継承権第1位で陛下と王妃の息子だよ」
「私は副会長のコンラート・ヴィノスだ。魔法省大臣が俺の父親でこの学園にもたまに顔を見せる。宮廷魔法士として働く予定で君の光魔法には興味ある、良かったら魔法を見せ――」
「俺はクリストフ・ゲーアノート!第1騎士団団長が俺の親父なんだ!騎士としてせい」
危険を察知してパシィ!とクリストフの口を両手で塞ぐ。不満気にふごふご言っているけど今なんて言おうとした!?
「貴方学園長が言ってたこと忘れたの!?何考えてるのよ!!」
目を見開いたかと思うと何度も頷いているクリストフを見てやっと分かったかと手を離すと
「いやぁ、すまん!危うくせ――」
「わざとなのかしら!?」
慌ててまた口を塞ぐ羽目になった。
やっぱりこうなるじゃない、と殿下に目線を送るも必死に笑いを堪えてこっちを見ようとしない。
恨めし気に睨んでいたら私の肩を抱いてクリストフから引き離されバランスを崩した私は引き離した張本人の胸に後頭部が当たり見上げる。
「ヴォルフ?」
「強く押さえると窒息するだろが……ヴォルフガング・フォルスター、書記だ」
必要最低限の自己紹介をして肩に置いていた手をはずすと少し後ろに下がって距離を取ってくれた。
私は彼女に向き合うと礼儀正しくお辞儀するとみんなと同様お辞儀をする。
「エレノア・フローリア、庶務をやっております。こちらにおりますセザール・ヴィーク・ジークハルトの婚約者ですわ。……あの日会った時同様仲良くする気は御座いませんのでよろしくしなくて結構ですわ」
リナちゃんに視線をやるとセザールと私を交互に見て少し傷付いたような表情になっている。おや?もう恋が始まっているのかな?なんて内心にやにやしているもののオスカー、コンラート、クリストフの厳しい目を見て現実に引き戻される。
セザールは理解しているようだが私の言葉に傷付いているリナちゃんを見てなんとも言えない顔をしていた。
「いくら君が次期王妃だといってもいくらなんでも言っていいことと悪いことがあるだろう」
コンラートが低い声で私に言うがはぁ、とため息ついて頬に手を当て抗議する。
「確かに言い方はきつかったかもしれませんが何故これだけで責められないといけないのですか?勿論生徒会としての責務は全うします…が、次期王妃である私が中立派筆頭のご令嬢である彼女に自ら接していくつもりは毛頭ございません」
次期王妃の国王派筆頭の私が中立派の家の娘と仲良くしているところを見られたら貴族派や中立派の人達はどう見るだろうか?とうとう手を組んで地盤を固めて貴族派を排除する動きに入ったかと思われる。彼女はたちまち貴族派の脅威となってよからぬ事をする可能性もあるだろう。
コンラートとオスカーには伝わったようで不満に思いながらも納得した様子だ。問題はあの脳筋で今も喚いているけど、これで悪役令嬢として警戒してくれるなら大助かりだし役得なので無視する。
「それでは皆さん、リナ嬢を寮までご案内するのでご機嫌よう」
「あ、エレノア僕もついて行くよ」
殿下が名乗りをあげるとそれを筆頭に皆もついてくると言うようになって、再度頭が痛くなってきたので若干怒りながら目立つから却下!と言ってその場をリナちゃんと一緒に離れた。
敷地内からも寮へと続く道があるので、今日は正門から出ない方法を教えながら歩く。
「中央にある噴水を左に曲がって……右に曲がると男子寮に着くからくれぐれも間違っても入らないよう気をつけて」
「は、はい!」
慌てながらも必死についてくる彼女に思わず微笑んでしまう。彼女の頬がピンク色に染まっていて可愛い。
「暫く進むとフラワーアーチが見えてくるわよ。真っ直ぐ進めば寮の塀と門が、手前を左に曲がると庭園に続いていて東屋があるわ」
ようやく見えてきたフラワーアーチに彼女は目を輝かせる。それもそうだろう、門前までアーチが続いていて、色とりどりの花が咲いてまるで御伽話に出てくるような景色だから。彼女は見渡しながら私に続いてくぐって行く。
門の前に着く私達を見計らったかのようにギィィ……と開くとそのまま入る。
そして向き合うと私はお辞儀しお別れの挨拶をする。
「それでは私の案内はここまででございます。ここからは別々に行動いたしましょう。先に入られてください」
「別に一緒に行っても……」
「リナ嬢、先程学園長室で私が話したことにご理解頂けたのなら先に行ってください」
彼女はキュッと唇を噛みつつ不満そうに私を見ると手を握られ早歩きで歩きはじめた。
「リ、リナ嬢!?」
「寮の中に入るまで!……そこまでなら生徒会の役割ですよね?」
……思ったよりもヒロインは意地っ張りで強引な性格のようです。
なんて事を考えながら、もし誰かに見られても編入生を案内していると言えばいいかと繋がれた手を見ながら思った。