セントリア街
フローリア邸は朝から使用人達が忙しなく動き回っていた。
お父様の出発準備と私の学園に行く準備が重なった為である。
まだ荷台に荷物を置いてなかったので先にお父様の準備をするように言付けた後、執務室で経営するショップの委託について執事長と話をした。
「ローズティックショップはミセスマリアンに任せていいわ。けど、新デザイン思い浮かんだのなら作る前に私に知らせてって伝えて、たまに奇抜なドレス作ることあるからあの人は。2号店、3号店は貴方に任せるわ。ファントム工房と魔道具ギルドからの言伝は全て私に通して」
「畏まりました――しかし、爺を苛めるのが板についておりますなぁ」
「やだじぃや、信頼している証よ?」
業務管理書を渡し、白髪の髪をオールバックにして髭も身なりも綺麗に整えてる執事長のパトリックを見つめた。産まれた直後に母を亡くした私を乳母と育ててくれて本当のおじいちゃんみたいに感じている。
じぃやはほほ、と笑うと懐かしそうに目を細めた。
「あんなに小さく可愛らしかったお嬢様がこんなに立派になられて爺はいつ死んでも構いませんな」
「この前まで晴れ姿を見るまで死ねないって言ってたじゃない」
「おぉ、そうでした」
やはり老いには負けますなと和やかに笑っているじぃやに私まで頬が緩む。
コンコンとノックする音が聞こえ、執事長モードになったパトリックが扉を開けるとレイが立っていてお辞儀すると準備が整ったことを報せてくる。
馬車前まで一緒に歩き馬車に乗り込む前に使用人達を見渡す。
「私がいない間、フローリア邸を宜しく頼むわ」
代表としてパトリックが私の前に止まると胸に手を当て敬意を込め礼をする。
「エレノアお嬢様がご不在の間、我々使用人が責任を持って務めて参ります」
「お願いね、じゃあ行ってくるわ!」
「「行ってらっしゃいませお嬢様」」
こうしてレイと私は見送られながらフローリア邸を後にして学園に向かった。
◇◇◇
学園に着く頃には空が空色と茜色が綺麗にグラデーションになっている頃で、寮に荷物を置いたあとに食事を摂ろうとレイと学園街ーセントリア街ーへと赴いた。
王都から程近い場所に貴族の学園として作られた(とは言っても半日かかる上に敷地も大きい)セントリア学園には、寮生活に退屈しないように日用品や嗜好品などを取扱う店がずらりと立ち並んでいて、それがいつしか大きくなり宿屋まで出来ていて今や街となってちょっとした観光地みたいになっている。
街灯に照らされ5大属性ー水、火、風、土、光を意識したカラーを用いた石畳を見ながら歩く。建物も屋根を5大属性を意識しているので、ここならではの景色にこれは確かに観光地(お金)になるわよねと思う。
ただ闇属性はここでも除外されているのを見ると、闇属性=魔王という方程式が成り立っているように感じる。
全く何したらこんだけ嫌われるのよ。お陰様で属性判定器には無属性で魔法学実技は免除してもらっているけども。
けど記憶を取り戻して闇属性と知った以上、知られること無く生きていかなければならない。特に第1妃と教会には知られたら何されるやら…
私利私欲に利用される私を想像して背筋が凍ってしまった。あぁ、もうやめやめ!今からレイと仲良く食事するんだから!
そんなことを考えている間に目的の料理店に着いた。
屋根と同じく赤く塗られた扉の上から、黒猫がお皿の上にちょこんと座っている可愛らしく装飾された突き出し看板の下に"黒猫の食事処"と店名が書かれている。暗闇でも見れるように火の魔石を利用した照明に照らされているスタンド看板には本日のおすすめメニューが書かれていて食欲をそそられた私はレイと一緒に中へ入る。
カランカラン――……
「いらっしゃいませー!……てあら、エレノアちゃんじゃないの!どうしたの?ここの味が恋しくなって早く戻ってきちゃったのかしら?」
「こんばんはマリアさん、そうなの早く食べたくてこっちに来ちゃったわ」
赤っぽい茶の髪の毛を後ろで三つ編みに束ねペイズリーのような柄のターバンで前髪をあげて愛嬌のある笑顔で看板娘、マリアが出迎えてくれた。
「席はいつものところがいいかしら?でも悪いんだけど先客がいてね…普段なら退かすんだけどかなりのイケメンで気が引けるのよね」
困ったわと頬に手を当てて私がいつも利用している壁側奥の席を見るといつも見慣れたシルバーグレーの後ろ姿で、レイの顔が顰めているのを見て確信してマリアさんに話した。
「相席で構いませんよ……知り合いなので」
「あらそうなの?やっぱり美人さんはイケメンの知り合いが多いのね」
後でメニュー表持ってくるわね、と言って仕事に戻る彼女を見送ると席へと近づく。男の目の前に座って一緒に食事していた青黒い髪の執事の服を着た青年が気付いてパァ!と明るい笑顔で見たかと思うと涙を溜めて姐さーんと人懐っこい声で縋るように立ち上がって抱きつこうとしてきた。その前にレイに阻止されたけど。
「姐さん聞いてくださいよー!ご主人様酷いんすよー!僕置いて行こうとしたんすから!!姐さんからも言ってやってくださいよ!」
レイ越しから泣きながら伝えて尚も近付こうとしていた彼に、ご主人様と呼ばれた男が立ち上がって襟を後ろから引っ張り上げる。(潰れたカエルの声が聞こえた)そして私を見るとふ、と口角を上げて挨拶した。
「やっと着いたかエレノア、俺の方が早かったみたいだが」
「何言ってんすか1時間も前からここで――ぐぇっ、申し訳ないっすご主人!もう余計なこと言わないっすから!」
相変わらず二人揃うと漫才のような騒がしさに呆れつつもつい笑ってしまう。
「ご一緒してもよろしいかしら?ヴォルフガング様?」
「喜んで、先程の私の使用人が無礼を働いて申し訳ありません。お詫びとしてご馳走させてください」
私の応えに応じるように、普段の彼らしくもない挨拶に無礼と言われた使用人がえぇ…と変なものを見たかのような目でご主人様を見る。
「ぇ……どうしたんすかご主人らしくない……なんか変なもの食べたんすか……もしかして、この料理に礼儀正しくなるような物が入って…ってすみませんって!」
「煩い、さっさと座れジャック」
「分かりました!」
はい!と手を上げヴォルフが座っていた側に食べていた皿を移すジャック。空いたテーブル側の席に私とレイは座るとそれに倣ってヴォルフは私の向かい側に座る。
落ち着いた所でマリアが私たちの分の水とメニュー表を持って来て注文をする。
「旬の野菜とキノコを使ったクリームパスタとガーリックトーストをお願い。食後に紅茶と苺のソルベをひとつ」
「あいよ、そこの嬢ちゃんは?」
メニュー表から顔を上げてヴォルフをちらっと見た後にマリアに視線を送る。
「手作りモッツァレラのカプレーゼ、当店自慢のキッシュ、黒土豚フィレ肉のピカタ、最上級幻の火牛のステーキ、胡鳥のローストチキン、天然翡翠魚の香草焼き、じっくり煮込んだ風来鳥のブイヨントマトスープ、ラクレット、食後にデラックスパフェ……全部2人前で」
…………。
皆一斉に固まってしまう。注文数の多さもなんだけど、レイが大食いという一面を10年以上一緒にいたのに知らなかったので吃驚した。いつも一緒に出掛けてる時は注文を一切しないのに、どうして今回はこんなに頼むんだろと思うがそれだけお腹すいていたからだろう。
「あっはははは!いいねぇ沢山食べな!手作りモッツァレラのカプレーゼに当店自慢のキッシュ、黒土豚フィレ肉のピカタと最上級幻の火牛のステーキと胡鳥のローストチキン、天然翡翠魚の香草焼きにじっくり煮込んだ風来鳥のブイヨントマトスープ、ラクレットと食後にデラックスパフェ全て2人前だね!」
豪快に笑いながらも完璧に注文を受けたマリアはオーダーだよ!と厨房に消えていった。
「…………ヴォルフ、レイの分は私が払うわ」
「いやいい。奢ると言ったのは俺だからな」
いなくなったマリアの方向に視線を向けたまま、あまりの申し訳なさに口にするが拒否されてしまう。拒否されてしまったらどうしようも無いので、レイに貴方、遠慮くらいしなさいよ!と視線を送るも知らん顔で無視され溜息をつく。
その後話をしながら(殆どジャックの話を聞いているだけ)料理がくるのを待った後、夕食を済ませた。
レイの淡々と機械のように口に運んで食べる様は他のお客様も吃驚していて、全て食べ終わった時に歓声をあげて胴上げしようとした人達を必死に止めたりとあったけれど時間があっという間に過ぎたように感じた。
「ご馳走様でした。また来ますね」
「はいよ!いつでも待ってるよ!」
夕食を済ませ、先にレイと外に出てマリアと少しお話をする。
「寮に戻るまで1人で行動しちゃダメだよ」
「レイがいるから大丈夫ですよ」
お父様に似て心配性だなとクスリと笑っていると、真剣な顔で私の耳元で囁く。
「向かいのネイサンの息子さんが行方不明になってる……それに他の子も何人か行方不明になっていると聞く――まだ生徒が消えた話はないけど用心しとくんだよ」
「……分かりました、ありがとうございます」
不穏な話を聞いて少し気になったが詳しい話はマリアも知らなさそうだったのでお礼だけ伝える。
会計を済ませたヴォルフとジャックが出てきた所で私から離れて、さっきの話をしたとは思えない笑顔でありがとうまた来て頂戴!と手を振ってお見送りしてくれた。
「さっき店員と何話してたんだ?」
「ただの世間話よ」
寮に戻る道中、何かを話していたことに気付いていたのかヴォルフが聞くが、確証のない話をする気はなく逸らした。突然戻ってくるかもしれないからね。それに今は聖女であるリナちゃんとセザールをくっつける方が優先だ。行方不明の人を探すのは衛兵の役目だろう。
「……そうか」
納得してない様子だが、何も言わない私にこれ以上追及する訳もなく同じ歩調に合わせて隣を歩く。その後ろでジャックがレイに凄いっす先輩!さすが姐さんのメイドさんだ!と変な褒めちぎり方をしていた。……何となくだけどその褒め言葉にレイが満足してるような気がする。
学園の正門前に着き別れを告げ塀に沿って右へと歩こうとする。
「……送らなくていいわよ」
「いや送らせてくれ」
ついてこようとするヴォルフに向き直る。送る気満々のヴォルフの顔と対称的に嫌だと全面に出ているジャック。それもそのはずで
「男子寮と真逆じゃないの。送って男子寮に戻るのにどれだけ時間かかるのよ」
そう、学園を中心に女子寮と男子寮は左右に離れているのだ。理由として、もしも結婚前に襲われでもしたらと貴族達が学園建設反対していた際、広大な敷地に左右に建て更に寮の敷地に異性が入ると連絡が入るようにして貴族達を黙らせる必要があったそうだ。貴族社会じゃなくてもどの世界でも共通する真っ当な理由だ。
門前までは確かに大丈夫だけども女2人が夜道を歩く事に心配しての事だろう。
けど、今日はお互い着いたばかりで馬車に揺られて疲れているだろうからやんわりと断ろうと口を開きかけた。
「私がいますので大丈夫です。ついてこられると面倒なので来ないでください」
それよりも早くレイが私とヴォルフの間に割って入った。
「…使用人のお前もついでに護ってやるぞ、ついでだがな」
「結構です。私に勝てたことないくせに護るなんて笑わせないで下さい」
「いつの頃の話だ――――今から試してみるか?」
睨み合ったまま殺気立つ2人に私とジャックは慌てふためき私はレイの手を、ジャックはヴォルフの腰に手を回して引き剥がす。
「兎に角お見送りはいいから!ご馳走様!じゃあね!ほら、レイ行くわよ」
「ご主人辞めましょうって!僕も疲れて早く休みたいから戻りましょう!?ね!?」
……ジャック、その引き止め方はどうなのかしら。けど貴方の勇気、無駄にしないわ!
足早にその場をレイと離れ女子寮の門へと向かう。女子寮に着くまで私はレイの手を繋いだままな事に気が付かなかった。
門をくぐって自分が使っていた部屋に入り、一日の疲れを備え付けのバスルームで癒している間、レイはてきぱきと荷物を片付けてあがる頃には終わらせていた。
「あら、もう終わったの?早かったわね」
滴る髪の毛をタオルで押さえながらネグリジェに着替えた私は、ドレッサーの椅子に座ると家から持ち出した髪温冷風当て機をレイに手渡して乾かしてもらう。
「今日は新たなレイの一面を見れた日だったわね。今度から遠慮しないで注文して食べていいのよ」
「……遠慮している訳ではありません」
どういう意味だと振向くとドレッサーの台にドライヤーを置き、櫛に持ち替えたレイは髪を梳かしながら淡々と話し始める。
「昔から食事を摂る必要性を感じないのです」
「人は食べないと成長しないし食べないと死んじゃうわよ。それに国によって様々な味付けや調理法があって皆で食卓を囲んで談話しながら食べる事って楽しいでしょ?」
「……今日は楽しかったです」
「でしょ?」
黒猫の食事処でのことを思い出して笑っていると梳かし終えたのか櫛を置く。腰をあげた私にレイがお辞儀する。
「お嬢様、就寝のお時間です」
「ええ、分かったわ。レイもお疲れ様、疲れたでしょ?ゆっくり休んでちょうだい」
ベッドに横たわるとレイが布団をかけて灯りを消し扉の前でもう一度お辞儀すると部屋を出る。
瞑りながら食事をしていた彼女と先程話していた言葉を思い浮かべつつ疲労で深い眠りについた。