ちょっとした災難
馬車に乗り込み一息つくと起こった出来事について捲し立てた。
「なんでオスカーがSMに目覚めるようなことに!?しかもソッチ!?いや見た目も性格も原作でもSだったでしょ、なんで首輪強請った!?もしかしてリナちゃんに使うつもりなんじゃ…そんな事させないわよ!それにしてもリナちゃん可愛かった〜!そりゃセザール様も惚れるわな!私が男だったら秒で結婚式挙げるわ!!」
ぜーぜーと肩で息をする私。ちょっと落ち着こうと息を吸って大きく吐くと、目の前に座っているレイを見た。白雪のような白髪を肩につかない程度に揃えた髪型、リナにも劣らないほどの黒い瞳を今は瞼を閉じている。
そういえば彼女って原作には出てこないのよね。なんで今まで気づかなかったのかしら。でも、登場人物達に負けず劣らずの美貌よね……
むしろ、人間離れしている程に美人でたまにゾッとする。
私が3歳の頃から一緒にいるのだが、いつからだったか全く姿が変わっていないように感じる。
……まあ、成長期終わればそんなもんなのかな?
そんなことを考えながら眺めていると視線が痛かったのか目を開けて私を見返すレイ。
「あら、起こしちゃった?」
「お嬢様の前で眠るなど致しません……どうされましたか」
「うん、ちょっとお腹も空いてるし何処かに寄っていかない?――あ、ちょうどそこのカフェに寄りましょう」
適当に指さした場所を見て彼女は後ろの連絡窓から御者に停めるよう伝え、停ると私達は降りた。
「今日は天気もいいしテラス席で食べましょう」
「畏まりました」
店員がメニュー表と水を持ってきて、メニューを見ながら何を頼もうかと悩む。
軽く食事したかったのでメニュー表を返しながら注文した。
「サンドイッチセットを1つ。飲み物はオリジナルティーホットでお願い……レイは?」
「私はこれ(水)で結構です」
相変わらず人前では食べないのね。苦笑して店員を下がらせ、待合室での出来事を思い出して注意をしていたら誰か来たのか影ができて頭上から"あ〜ら"と嫌な声が聞こえた。
はぁ、とため息を吐いて見上げると何人もの騎士を携えた派手な格好をし、これまた立派なレモン色の縦長ロールを自慢気にこれでもかという風に振り翳すご令嬢が私を見下していた。
「これはこれはエレノア嬢じゃありませんの?こんな陳腐で低俗な場所でお会いするなんて吃驚致しましたわ!」
「……ガブリエラ嬢こんにちは。可愛らしいカフェでしょう?ガブリエラ嬢もご一緒します?」
今日はよく人に会うなぁと思いつつにこやかに返答すると、片眉をぴくりと動かしオーバーにまあ!と口を片手で覆い恐ろしいと言わんばかりに蹌踉ける。
「公爵令嬢である私にこんな下卑た店でお食事をと?御冗談やめて下さいまし!……まあ、何処ぞの公爵令嬢様はそんな場所がお好きと見えますが」
目を細め明らかに私を馬鹿にしている発言に、レイはふるふると肩を揺らして爆発寸前の様子に私は目で駄目よと訴える。
そしてこの店を侮辱した彼女に対して抗議する。
「私を非難するのは構いませんが、こちらのお店を侮辱する発言は目に余るものがありますわね…民は貴族に税を払う義務がありますが、それ以上に貴族は領民の生活を保証し守る責務がございます。貴族は民によって今の生活があるということをご理解なさいますよう。ご理解頂けたらお店の方に謝ってくださるかしら」
「なんですって!?」
根っからの貴族の彼女にはかなり屈辱的な言葉だったろう。現にわなわなと肩を震わせて顔が真っ赤に染っている。原作ではヒロインの親友的存在の彼女だが、今のガブリエラを見ると性格的に合わないよなぁと思う。どちらかと言うと悪役令嬢の取り巻きか悪役令嬢そのものだよね。
そんなことを考えているとバシャっと音がして見上げたら、私に向けて手を振りあげた状態で晴天なのに何故か頭からポタポタと水を被って固まっているガブリエラと空のコップを持っているレイを見てあぁ、我慢できなかったか〜と呑気に思った。
「ななななな!」
なしか言えなくなった彼女とレイを捕まえるべきか私とガブリエラを交互に見ている騎士達。ガブリエラが現れたあたりからチラチラと私達を見ていた客や店員さんが唖然としていて、元凶であるレイは知らん顔で席に座り直してていた。
「この無礼者を捕まえなさい!!!!」
あ、なしか言えないの治ったのね。
悲鳴に似た声でレイを指差しながら命令するガブリエラに騎士は従おうと動き出す。
私は扇子をテーブルにパン!と置き立ち上がると騎士達もザワついていた見物人達も静かになった。
というか静かになりすぎじゃない?
「ガブリエラ嬢、大丈夫ですか?早くお着替えなさらないと風邪引いてしまいますわ」
そう言いながらガブリエラに近付いてさっき振り上げて固まっていた右腕を掴むと引き寄せ耳元で囁く。
「私に手を上げようとなさいましたよね?次期王妃である私に……黙っていて差し上げますからここはお互い水に流しませんこと?」
根っからの貴族である彼女には貴方より私の方が立場が上だと分からせる方が一番効果があるだろう。それに、彼女があれだけ大きな声で騒いだものだから大勢の人に見られたわけだ。
そっと腕から手を離すと彼女もそれが理解したのか唇を噛み私を眼で射殺すつもりなのかと思う程の形相で睨みつけると身を翻して早足でこの場を去った。
あー怖かった〜……にしても彼女はどうしてあんなに私を目の敵にするかな。
心臓バックバクの状態だけど振り返って後始末する事に。
「皆様このような騒ぎを起こし申し訳御座いません。お詫びとして今日1日こちらで食事なさる皆様の食事代はフローリア家が立て替えます」
その言葉を聞いた人達からワーッと歓声が上がり次々と我先にと店に入っていく。近くにいた店員にサンドイッチを包んで薔薇の家紋の馬車に届けるようお願いしてレイを連れて馬車へと戻った。
「〜〜っもう!なんであんな無茶したのよ!」
「あの方がお嬢様に手をあげようとしてたので止めました」
「そんなことだろうと思ったけどそれでもダメよ」
「お嬢様が叩かれてもですか」
「叩かれてもよ」
畏まりましたと言いつつも納得いかないようなレイの両手を握りしめ、しっかりと目線を合わせて伝える。
「貴方は強いわ。だけど貴族社会では立場が上か下かなの。幾ら強いと言っても不敬を働かせて貴族を怒らせたらそれでおしまいなの、分かるでしょ?」
「はい、お嬢様」
「……貴方は私にとってとても優秀な使用人でもあり大切な親友みたいなものなの。大切な人だからこそ私のせいで罰せられるのは見たくないわ」
「…………お嬢様、申し訳御座いませんでした」
「分かればいいのよ」
手を離すとレイは胸の前で両手を重ね何かを噛み締めるようにギュッと握る。そんな彼女を見て、そんな表情も出来るんだなと思いながら店員さんが駆け足でこちらに向かってきて包みを受け取るとフローリア邸へと向かった。
そしてこの日、とあるカフェでは一日の売上が何倍にもなって臨時収入を貰えた店員達や店主がフローリア公爵令嬢バンザイと叫んでいたとかいなかったとか。