プロローグ【始まりの悪夢】
それは自分を映す物、それは自分を覆う物
━━━━闇が深い━━━━
何度も言われきたその言葉。
あなたの心に根付いた闇はとても深いと、何度もカウンセリングを勧められてきた。
その度に私は思う。
私の名にを分かって言ってるのか。
何をもって闇が深いと断言しているのだろうか。
自分自身、言動や行動に不可解な点があるとは思わない。
普通の家庭に生まれ、普通の幼少期を過ごし、普通に学校を卒業して、普通に就職。
友人と呼べる存在も多くはないけれど、人並みにはいると思う。
別に自傷行為をするわけでもない。
可愛い物を見れば素直に可愛いと思えるし、美味しい物を食べれば素直に美味しいと思える。
心の底から笑う事もあれば、涙を流して感動する事もある。
そう、私は至って普通なのだ。
ただ一つだけ思い当たる節はある。
私は今、真っ暗な場所に一人佇んでいる。
灯り一つ無い場所なのに、自分の姿はハッキリと見える。
そして目の前の異様な光景もまたハッキリと見えている。
私の目に映るもの。
それは私自身。
どことなく暗く、生気を感じられない死人のような表情の私がそこにいる。
そのもう一人の私は誰かを抱えていた。
でもそれは決して抱きしめているわけではない。
もう一人の私は抱えられている《誰か》の首筋に口元を当てている。
この場面は映画や漫画なんかで見たことがある。
吸血鬼だ。
もう一人の私は抱えているその《誰か》の血を吸っているのだ。
だからと言って私はもう驚く事はない。
何故ならこれが初めて見る光景ではないからだ。
このシーンを見るのは何度目だろうか。
どうして私は同じ夢を何度も見るのだろうか。
ある日を境に突然見るようになったこの悪夢。
何度も何度も繰り返されるこの悪夢。
どんなに調べてもこの夢の意味は分からない。
今ではもう慣れてしまった。
『闇が深い』
この言葉で思い当たる節はこれだけ。
この意味の分からない悪夢だけ。
この悪夢が私の抱える心の闇によるものなのであれば、それはそれで納得してしまう。
その時、突然視界がぼやける。
これもいつもと同じだ。
夢の終わり、目が覚める時だ。
でも今回はいつもと違った。
もう一人の私が、立ち尽くす私の方を向く。
この悪夢を見るようになって初めて私達は視線を合わせる。
久し振りに恐怖が込み上げる。
その目は一言で表すなら、全てを吸い込んでしまいそうな漆黒の闇。
危険だ。
直感的にそう思った。
その瞬間、人ではない私の姿をした《何か》は優しく微笑み、こう言った。
『目覚めなさい』
そして私は覚醒した。