79話 それぞれの旅立ち
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王城から北へと向かう道は、見送りの人々であふれていた。
誰もが物語の主人公たちを一目見ようと、花を持って待ち構えている。
そこに先ぶれの騎士たちが現れる。
厳しい顔つきで道を進む紺色の騎士服に身を包んだ彼らは、今までエドワードに付き従っていた白い制服の華々しい近衛ではなく、王命で北部の治安維持に努める屈強な騎士たちだ。
やがてゆっくりと進むエドワードの乗る馬車が現れ、待っていた群衆から大きな歓声が沸き起こる。
輝く金色の髪に空色の瞳、優しく微笑み手を振る姿は、民衆が想像する王子様そのものだ。
その隣で初々しく恥じらいながら手を振るのは、王太子が王位を捨ててまで選んだ平民の娘、アネットだ。
ダンゼル公爵による十年前の王族暗殺が発覚してからの一連の騒動は、民衆たちに驚きを与えた。
まさか疫病の特効薬を王国にもたらした功績を持つダンゼル公爵が、その疫病を隠れ蓑にして王太后と王弟を謀殺したとは、誰も想像していなかった。
そのダンゼル公爵が失脚したことによって、新たに王太子エドワードの婚約者となったアネットは公爵家との養子縁組を解消され、貴族籍を失った。
王族は貴族籍にあるものとしか結婚はできない。
だから、もしエドワードが真実の愛を選ぶのであれば、王位を捨てなければならない。
民衆はどうするのかとその行方を見守った。
「そもそもエドワード王子にはその地位にふさわしい婚約者様がいたんだから、それを捨ててまで選んだ娘をまた捨てるなんて、あり得ない」
「確かに。でもその娘を選んだら王様になれなくなるわけだからさ。俺だったら、その子には悪いけど金でも渡して別れてもらって、別の相手を探すね」
「金かぁ。城でももらって一生遊んで暮らせるなら、悪くないな」
「かえってそっちのほうが楽かもしれないぞ」
「それは言えるな」
人々はそんな会話を交わしながら、それぞれ勝手にエドワードの今後を噂した。
そして発表された、エドワードの王位継承権の放棄と、北にあるダンゼル公爵が治めていた土地を拝領してのノースレルム大公への襲名。
同時に王都では「真実の愛と運命の愛」という劇が公開された。
第一幕は王太子が平民の娘と出会って真実の愛を見つけるという話で、第二幕は、政略結婚の相手である王太子の婚約者が真実の愛の前に身を引き帝国へ渡るが、そこで帝国の皇太子と運命の愛を育むという話だ。
王太子と皇太子はそれぞれ別の役者が演じるが、主役の女性二役はアレキサンドラ・ファタルという人気女優が一人で演じているのも話題になった。
純朴で可憐な町娘と気高く凛とした貴族の娘を一人で演じるアレキサンドラの評判は、瞬く間に高くなった。
人々はすぐに、その劇のモデルが王太子とアネットとマリアベルのことだと分かった。
そして国民のエドワードに対する人気が最高潮となった頃、愛を選んで王位を捨てたエドワードが、圧政を敷いていたダンゼル公爵家の断絶により領主のいなくなった北の領地を賜り、すぐに出発するという発表がされた。
その旅立ちの日、人々は王冠を捨てて真実の愛を選んだエドワードの門出を祝うべく、手に花を持って街道に集まっていた。
エドワードをモデルにしたと思われる劇の中で、どちらの恋人たちも愛を誓う時に真っ赤な薔薇の花を贈り合っていたことから、その手に持つのは赤い薔薇の花だ。
馬車に乗ったエドワードとアネットが街道を進むと、歓声とともに人々はお祝いの花を掲げる。
それはまるで、赤い絨毯の上を馬車が走っていく、おとぎ話の中の光景のようだった。
人々は馬車に乗って手を振る幸せそうな恋人たちを見て、自分も物語の登場人物の一人になったような気持ちになり、一連の騒動の幕を飾る元王太子の旅立ちに、より一層熱狂した。
だが親しいものが見れば、エドワードの微笑みが貼りつけたようなものであることも、後ろに続く、パーシーを除く側近たちの顔が強張っているのも分かっただろう。
サイモン・レントはダンゼル公爵や共和国との繋がりをすべて自白し、牢に繋がれることになった。
だが一日の大半を正気を失った状態で過ごしており、もう元に戻ることは難しいと言われている。
ウラジミール・ダンゼルは王族暗殺及び国王暗殺未遂の罪で縛り首となった。
その躯は見せしめのために北側の城壁にぶら下がり、朽ちるがままになっている。
またダンゼルの息子も、そもそも連座によって死を賜るはずではあったが、父と同じく共和国と通じていた証拠が出てきたため、その横に屍をさらしている。
ただ後妻や幼い娘に関しては、セドリックの立太子による恩赦によって赦され、北にある厳しいと言われている修道院に送られることとなった。
北の門をエドワードたちがくぐると、歓声はひときわ大きくなった。
「見送らなくて良かったのか?」
遠く聞こえる歓声にマリアベルが窓の外に視線を向けると、その肩に手を置いたレナートが尋ねた。
「ええ。もう王宮を辞す時にご挨拶いたしましたもの」
民衆の祝福の声とは裏腹に、エドワードの進む道の先には多くの苦難があるだろう。
ダンゼル元公爵は領民にとって可もなく不可もない領主であったが、それでも民を飢えさせることはなかった。
だが共和国との交易を絶たれ、作物の実りに期待できない北の領地はこれから厳しい時を迎えるだろう。
いくらダンゼル元公爵が大罪人であったとしても、領民にとっては日々の暮らしのほうが大切だ。
これからの生活が厳しくなればなるほど、領民のエドワードへの不満は募っていく一方だろう。
セドリックが、北でも育つからと、餞別に甜菜という砂糖の原料になる植物を渡していた。
栽培が順調にいけば、やがて領内も豊かになっていくだろう。
それまでの間、みんなで助け合っていってほしい。
マリアベルのエドワードに対する気持ちは家族のようなものだったけれど、それでも大切な人には違いなかった。
だからどうか、真実の愛で結ばれたアネットと支え合って、領民のために尽くしてほしい。
マリアベルはそう思いながら、遠く離れていくかつての婚約者に、心の中で別れを告げた。
「さようなら、エドワード様。どうか、お幸せに」
国境線で小競り合いを繰り返してきた共和国の兵たちは、ダンゼル元公爵の罪が暴かれるとすぐに撤退していった。
モルヴィア共和国はおそらく王国を乗っ取って、東西から帝国を挟み撃ちにしようとしていたのだろう。
その企みを防ぐことができた最初のきっかけは、エドワードによる婚約破棄だ。
突然婚約破棄をつきつけられた時は絶望したが、そのおかげで共和国の陰謀を退けることができたし、何よりもマリアベルは、心から愛する人と巡り合えた。
「レナート様、帝国へ帰りましょう」
マリアベルはレナートを見上げる。
その深い海のような青い瞳は、愛情をもってマリアベルを見てくれている。
マリアベルの帰る場所は、レナートのいるところだ。
健やかなる時も病める時も、喜びの時も苦しい時も、富める時も貧しい時も、お互いを愛し、敬い、助け合い、その命ある限り真心を尽くそう。
レナートとなら、それができると信じている。
「もちろんだ、ベル」
マリアベルは差し出されたレナートの手を取り、遠くなる歓声に、背を向けた。
同じ歓声を、ダンゼル親子が吊るされている北の壁を見上げながら聞いているものがいた。
「ダンゼルめ、失敗したか。役に立たんな。……王国のからくりを手に入れるためでなければ、王国などすぐに攻め落とせるものを、からめ手でいかなくてはならぬのは手間がかかる。……だが古代王国の真の後継者はこの私だ。せいぜい束の間の平和を楽しむがいい」
男はそう言って身を翻させ、人ごみの中に紛れていった。
これで一応の完結となります。
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
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