70話 ダンゼルの企み
フレデリック三世を、父として尊敬はしていたが、王としては凡庸だと思っていた。
代替わりしたばかりの八公家の中で唯一力を持つダンゼル公爵の顔色を常に窺い、可もなく不可もない政策しか摂らない。
エドワードは自分だったらもっとうまくやれると思っていた。
確かにアネットを養女にする件では世話になったが、血のつながった娘ではない。エドワードが国王になっても、外戚として口出しはさせないと決めていた。
ダンゼル公爵は、口はうまいが、そうそう大それた策略などはできない男だ。
うまく手綱を取ればいい。
そう思っていたのに、どこから歯車が狂ってしまったのだろう。
そして父の言う十年前の黒死麦というのはなんだ。
確かに八公家がダンゼル公爵を残してすべて疫病で死んだというのは、ダンゼル公爵にとっていかにも好都合だったと思う。
とはいえ、疫病が流行るのを予測するのは不可能だったし、ましてやあの疫病は大陸中に瞬く間に猛威を奮い、防げるものなど誰もいなかった。
その特効薬を王国にもたらしたのはダンゼル公爵だ。
エドワード自身も疫病によって高熱に倒れたが、その特効薬によってすぐに回復した。
すべてがダンゼル公爵にとって有利に働いたとはいえ、そこに何らかの策略があったようには思えないし、ダンゼル公爵にそこまでの智略があるはずもない。
だからエドワードは、なぜ父である国王が十年前の叔父の死が黒死麦によるものだと確信しているのか、分からなかった。
十年前のそのパンが残っていれば証拠となるが、そんなものが残っていれば、とっくの昔にダンゼル公爵は罪に問われたはずだ。
しかし十年前の真実がどうであったにせよ、先日ダンゼル公爵が献上したカヌレで国王が倒れたのだとしたら、それだけでも重罪となる。
それに玉璽の件もある。
玉璽を偽造したとなれば、大逆として一族の連座もまぬがれまい。
それほどに重い罪なのだから、黒死麦の件よりも、こちらを追求したほうがいいはずなのに、どうして国王は黒死麦にこだわるのだろう。
「カヌレに黒死麦を入れたのが確かならば、極刑はまぬがれまい……」
そういえば、幼い頃からフレデリック三世はエドワードに黒い食べ物は決して食べないようにと言っていた。
だから献上されたカヌレをエドワードは食べなかったのだ。
父であるフレデリック三世が食べるのを見て、珍しいこともあるものだと思った。
「陛下は……もしかして、カヌレに黒死麦が入っていたのを知っていたのですか?」
エドワードの問いに、フレデリック三世は答えない。
だがそれこそが肯定と同じだった。
「なんということを……。一歩間違えば命を落としていたかもしれないのですよ。なぜ御身を危険にさらしてまで召し上がったのですか」
非難するようなエドワードに、フレデリック三世は悲し気な顔を向ける。
「そうか……。お前には分からぬか、エドワード。それが、そなたの器なのだな……」
ゆっくりと立ち上がったフレデリック三世は、玉座の階段を一歩、また一歩と下りてくる。
そして縄で縛られたダンゼル公爵の前に立った。
「十年前の疫病が流行った時に、最初に倒れたのは王太后である母だった。王宮ではまだ疫病が流行っておらず、その少し前、王都で疫病が流行る前に母が慰問で訪れた孤児院で病を得たのだろうと、誰もがそう思っていた」
フレデリック三世が合図をすると、縄を持っていた騎士が、ダンゼル公爵を床につかせる。
ダンゼル公爵は抵抗したが、日頃鍛えている騎士に敵うはずもない。すぐに床へと膝をついた。
フレデリック三世は、それを冷たい目で見下ろす。
「それからすぐに八公家のものたちが倒れた。その頃になると王宮でも高熱を出すものが増え、王族は離宮に避難すべきだという意見が上がってきた。弟のエリオットは陣頭指揮をとるべく王都に残り、私たち家族と弟の妻子が私たちと同行した。……母と弟は、それから二度と会えなかった」
フレデリック三世は、跪いたまま助けを求めるように辺りを見回すダンゼル公爵の髪をつかんで顔を寄せた。
「死に目に会えなかっただけではない。疫病が移ってはならぬと、息を引き取った後、二人は焼かれて骨だけになった。これでは白き船に乗って、常春の永遠なる東の国に行くこともできない! 死してなお、二人の魂はこの世に彷徨っているのだ!」
大陸から姿を消した古代王国の人々は、白い船に乗って東の海の先にある、常春の永遠なる東の国へ渡ったと伝えられる。
大陸を渡った彼らは、東の国で飢えることも老いることもなく、幸福に暮らしていると伝えられている。
だから古代王国人の末裔を自負する王族は亡くなると、王宮の東に見える小高い丘の上に建てられた白い王廟へと葬られる。
王廟は船の形をしており、そこから海までは遮るものがなにもないため、王宮から王廟を見るとまるで海の上に浮かぶ巨大な白い船のように見えるのだ。
そこに葬られた王族は、死んだ後に白い船で東の国へ旅立つと伝えられているから、埋葬の際には生前と同じ服を着せ、愛用した食器やフォークを入れる。
だが王太后と王弟は、感染を防ぐために同時に焼かれ、どちらの骨か分からぬまま、同じ棺で王宮の一角に葬られた。
「エリオットは、全身を痛みにさいなまれながらも、王都の民のために最後まで身を削って指揮をしたという。私はそんな弟に恥じぬ王になろうと、この十年、必死に努力した。そしてダンゼル、私はお前が疫病を止めたのだと思って、感謝すらしていた。それがどうだ! すべてお前の企みだったのだ!」
「陛下の悲しみは十分わかっておりますが、だからといって、十年前の疫病を私のせいにされるのは心外でございます。何を根拠にそのようなことを――」
「サイモンだ」
「は?」
「サイモンがきっかけで、あのパンに黒死麦が含まれていることに気がついたのだ」
フレデリック三世の発言に、一同が一斉にエドワードの後ろに控えるサイモンに視線を向けた。
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