7話 望まぬ茶会
三日後にはマリアベルが領地へ静養に行くというその日、バークレイ侯爵家に再び茶会への招待状が届いた。
しかも今度は国王の御璽が押してあった。勅命とまではいかないが、ほぼそれに近い。
さすがにマリアベルも無視をするわけにいかず、重い腰を上げて王宮へと向かった。
王宮へ着くと奥の宮へ通された。王族の住居に近い、プライベートなエリアだ。
中庭に用意されたテーブルには既に王妃が待っていた。
季節の花が咲き誇る中庭には柔らかい光が落ちていて、風もなく屋外での茶会にはちょうど良い。
一目で国王の目を奪ったという未だ少女のような雰囲気を持つ王妃は、マリアベルにいつもと変わらない笑みを見せた。
エドワードの婚約者であった時と変わらない、温度のない微笑み。
マリアベルもまた深く頭を下げながら、唇の端を上げて同じような笑みを返す。
席についたマリアベルは、王妃と当たり障りのない会話を続けた。
どちらからもエドワードとアネットの名前は出ない。
実のない会話を続けて、そろそろお開きだろうかとマリアベルが思った時、中庭の入り口が騒がしくなってきた。
思わず振り返ると、そこにはエドワードとアネットが立っていた。
エドワードは変わらずに優雅な微笑みを浮かべていて、エドワードの瞳の色と同じ水色のドレスを身にまとったアネットは、エスコートしているエドワードにしがみつきながらこちらを見ている。
なぜここに、という思いと、やはり、という思いが、マリアベルの心を交互に襲った。
「まあエドワードたちも来たのね。せっかくだから一緒にお茶をいかがかしら?」
王妃は偶然を装っているが、これが計画された対面であるのは明らかだ。
ジェームズがマリアベルに話したところによると、アネットの王太子妃教育はまったく進んでいないのだという。
ついこの間まで平民だったのだ。仕方がないだろう。
それに何をやっても完璧な淑女と呼ばれたマリアベルと比較されてしまうから、本人がどんどんやる気をなくしてしまっているのだとか。
けれどそれは最初から分かっていたことだ。
マリアベルには何の関係もない。
「母上、お言葉に甘えてご一緒させて頂きます。マリ……あ、いや、バークレイ嬢もいいだろうか?」
王太子にそう問われて拒否できるはずもない。
マリアベルは微笑みを張りつけて「どうぞ」と答えた。
エドワードはそのままアネットをエスコートし、椅子を引く。
貴族の娘であれば何の音も立てずに座るが、まだ慣れないアネットは、わずかに音を立てて椅子に座った。
しまったという顔をするアネットに、エドワードは柔らかく微笑む。
「まだ慣れていないのだから仕方がないよ。これからマナーを身につけていけばいい。そうですよね、母上?」
「そうね。まだ妃教育は始まったばかりだものね」
王妃は言葉ではそう言ったが、アネットのマナーには納得していないらしい。
わずかに眉が上がっているのは不機嫌な証拠だというのを、マリアベルは長い妃教育の間に学んでいた。
「私は公務があるから先に失礼させて頂くわ。ごゆっくり」
そう言って王妃は返事も待たずに部屋を出ていってしまった。
王妃が新しい婚約者としてアネットを推していたのだと聞いていたのだが、実は違うのだろうか。
さすがに呆気にとられたマリアベルだが、エドワードの声に我に返る。
「マ……バークレイ嬢、久しいな」
「はい」
王妃と一緒に退出すれば良かったと思っても、後の祭りだ。
タイミングを逃してしまったマリアベルは、仕方なく新しく淹れられた紅茶を口にする。
「アネットと会うのは初めてだったな。アネット、バークレイ侯爵家のマリアベルだ。私の幼なじみだから、何か分からないことがあったら教えてもらうといい」
単なる幼馴染ではなく婚約者であったのだが、エドワードにとっては幼馴染という思いしかなかったのだろう。
それに教えるといっても、既にマリアベルはアネットの教育係を断っている。アネットに教えてあげる義理など何もない。
だがエドワードは持ち前の善良さで、マリアベルが進んでアネットの手助けをしてくれると信じているようだ。
そこには婚約破棄されたマリアベルの心情など、全く考慮はされていない。
エドワードはただ一人の王子として甘やかされているからか、他人の感情に疎いところがあった。
そういったところは妃となる自分か側近が補えばよいと思っていたが、側近はともかく、今まで平民だったアネットにエドワードを支えることができるのだろうか。
王妃という立場はとても重い。その重責は幼い頃から妃教育を受けてきたマリアベルですら感じていた。
だからエドワードはマリアベルを王妃にして、アネットを側室にすれば良かったのだ。
さすがにマリアベルと結婚してすぐは難しいだろうが、世継ぎの王子が無事に生まれれば何も問題はない。
現国王は王妃しか娶らなかったが、歴代の王で側室を寵愛した王などいくらでもいる。
だがエドワードはアネットを王妃にと望んだ。
マリアベルの王妃としての覚悟は、真実の愛の前に粉々に砕かれてしまったのだ。
もしも「続きが気になる」「面白かった」などと思って頂けましたら、
広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!