69話 悪あがき
ダンゼル公爵は国王の剣幕に一瞬身を震わせたが、すぐに立ち直って厚い唇をぺろりとなめる。
「お忘れですか陛下。我がダンゼル家は交易で麦を扱っております。私が黒死麦のことを知っているのは当然ではありませんか。万が一にでも、手配した麦に黒死麦が紛れこんでいては大変ですからな」
ダンゼル公爵はそう言って、意味ありげにマリアベルを見る。
「それよりもその黒死麦はバークレイ領のものに違いありません。私は常々バークレイ侯が怪しいと思い、密かに調べさせていたのです。バークレイ領の倉庫をお調べください。きっと黒死麦を隠しているはずです」
「そのバークレイの領内でこれを持っていたのが公爵の配下だというのは、持ち物から判明しています。往生際が悪いですよ」
セドリックがそう言うと、ダンゼル公爵は少し考えてから口を開いた。
「いや、しかし、黒死麦がダンゼル家の領地で見つかったのであればともかく、バークレイの領地で見つかったわけですからな。……ひょっとして、濡れ衣を着せようと私が調査に派遣した部下たちを密かに亡きものにした上で、彼らが持っていた物を使い身分を詐称していたのではないでしょうか。おお、おお、そうです、陛下。きっとこれは、陛下の信頼篤い私を引きずり落とすための、バークレイの陰謀に違いありません」
ダンゼル公爵はあくまでも罪を認めるつもりはなく、なんとか言い逃れをしようとしていた。
「それこそ、ありえませんね。陛下、こちらに黒死麦を持っていたものたちの、出生証明書がございます。みな、ダンゼル領の生まれです」
セドリックの後ろに控えていたケインが、用意していた出生証明書の写しを、玉座にいるフレデリック三世に渡す。
フレデリック三世は一瞥すると、厳しい目をダンゼル公爵へ向けた。
だがダンゼル公爵は、ふてぶてしい態度で答えた。
「だとしても、私に一体何の罪があるというのです。たとえ黒死麦を持っていたのが私の領民だったとしても、もしかすると見慣れぬ麦を発見して、麦の専門家であるバークレイ侯に問いあわせようとしていただけかもしれないではないですか」
ダンゼル公爵は言い逃れだけはうまい。
それで今まで誰も罪に問えなかったのだ。
今回もそれで逃れられると思っていた。
この場さえしのげば、あとは派閥のものたちを使って国王に揺さぶりをかければいい。仕事を少しだけ遅らせれば、人材不足の王国はすぐに行政が止まってしまう。
こんな風に縄までかけられて、解放されたならこの屈辱は倍にして返してやるぞと、公爵は腹の内でフレドリック三世を呪っていた。
「あくまでも知らぬふりを続けるつもりか。だがお前はやり過ぎたのだ。王国祭でお前の献上したカヌレから黒死麦が見つかった。……見よ」
フレドリック三世はそう言って、右手の袖をまくった。
そこにはいくつもの水疱が現れていた。
「そ、それは疫病のせいでは……」
「そうだ。私も十年前はそう思っていた。だが黒死麦による水疱は、疫病のように体全体ではなく体の一部に集中して現れる。明らかにこれは疫病によるものではない」
「そのカヌレに黒死麦を入れたのはバークレイです! どこかですり替えたのです。なんということだ、恐ろしい。きっと娘が婚約破棄されたのを恨んでの犯行でしょう。私は無実だ!」
ダンゼル公爵は唾を飛ばしながら訴えかけるが、フレドリック三世がその言葉に心を動かされる様子はない。
「十年前……。疫病が流行る前も、中央諸国の一つで人気という黒いパンが流行ったことがある」
フレドリック三世の静かな声に、ダンゼル公爵の声がぴくりと動いた。
「王宮で人気となったそのパンは、元々お前が王国に紹介したものだったな。外側は少し固いが、中は柔らかく美味しいということで、たちまち評判になった。疫病が流行り、王都を封鎖しなくてはならないかもしれないという時、お前から八公家宛に大量の物資が届けられた。その中に黒いパンも含まれていた。そしてそれには黒死麦が含まれていた」
「突然、何をおっしゃるのですか。それではまるで私が大虐殺を企んだかのようではありませんか。……馬鹿馬鹿しい。まったく馬鹿馬鹿しすぎますな。第一、証拠はあるのですか、証拠は。私がそのような大罪を犯したという、れっきとした証拠はあるのですか」
「……あればとっくにお前の首など刎ねている」
「はっ。証拠もないのに、陛下はこの大貴族たるウラジミール・ダンゼルを冤罪で殺そうというのですか。そのようなことをすれば我が一族が黙ってはおりませんぞ。それだけではなく他の貴族たちも、陛下の気まぐれで首を刎ねられはしないかと疑心暗鬼になるでしょう。そうなれば王国は内乱の嵐になる。陛下は王国を滅ぼすおつもりですか!」
そう言ってダンゼル公爵はにたりと気味の悪い笑みを浮かべて、色々な情報を一気に聞いて混乱し、棒立ちになったままのエドワードを振り返った。
「どうやら陛下は病に侵され、正常な判断ができぬご様子。ここはもういっそ、エドワード王太子殿下に譲位なさってはいかがでございましょう。殿下もそのほうが良いと思われますよねぇ?」
毒のようなダンゼル公爵の声が、エドワードの体にまとわりついた。
エドワードはどうしたら良いか分からず、父である国王とダンゼル公爵の姿を、交互に見ては言葉を探した。
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