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真実の愛を見つけたと言われて婚約破棄されたので、復縁を迫られても今さらもう遅いです!【書籍化・コミカライズ】  作者: 彩戸ゆめ


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68話 ダンゼル公爵

「おお、陛下、陛下。これはなにかの間違いです。陛下の忠実なる臣下であるこのウラジミール・ダンゼルが、なぜこのような目に遭わねばならぬのですか。私が一体、なにをしたというのですか」


 悪態をついていたダンゼル公爵は、玉座の上にフレデリック三世の姿を認めるやいなや、今までの居丈高な様子をがらりと変えて、甲高い声で哀れっぽく訴える。


 でっぷりとした体を揺らして歩くダンゼル公爵は、この場にいる誰よりも贅をこらした衣装を身にまとっていて、その指には大きな宝石のついた指輪がいくつもはまっていた。


 だがその手は後ろ手に縄でくくられ、その縄を屈強な騎士が手に持っていて、いかにも罪人といった姿だ。


「なにを、だと。お前は自分の罪が分からぬというのか」


 フレデリック三世は、感情の見えない声でダンゼル公爵を見下ろす。


 マリアベルは玉座のひじ掛けをつかむ王の指が、白くなっているのに気がついた。怒りのあまり、力を入れ過ぎているのだろう。


「私の罪ですと!? 私がなにを……。ややっ、そこにいるのはバークレイの娘ではないか。一体なぜここに……。そうか、陛下にあらぬことを言ったのはお前かっ」


 マリアベルに突進しようとしたダンゼル公爵だが、騎士がしっかりと縄を持っていてその場から動けない。


 それでも唾を飛ばして喚き散らす公爵の姿に、マリアベルはひるみそうになる。


 だが包みこむようなレナートの腕のぬくもりが、マリアベルに勇気を与えてくれていた。


「いいえ、私は何もしておりません。ですが、すべての罪は、陛下がご存知です」


「なにをふざけたことを……。陛下、あのような売国奴の娘の言うことなど信じてはいけません。なにせ帝国に我が国の領土を売ろうとしたのですから――」


 と、そこで、ダンゼル公爵はマリアベルを後ろから抱きしめているレナートに気がついた。


 黒髪に海のような青い瞳。隠しようのない覇気が、明らかに彼がただ者ではないと知らしめている。


「もしやお前は……帝国の皇太子かっ」


 信じられないものを見るようなダンゼル公爵に、レナートは唇の端を上げる。


「そうだと言ったら?」

「馬鹿な。なぜこんなところに皇太子がいる!? 共和国はいいのかっ」


「もちろん我が帝国軍が迎え撃っている。私が行かなくとも、優秀な指揮官がいるからな」


「……つまりお前は女のために、国を放ってここへ来たのか。ふん。噂に聞くほど賢くはないな。皇太子のいない帝国軍など共和国の敵ではないわ。もしかしたら今頃、帰る国がなくなっているかもしれんぞ」


「ずいぶん(あなど)られたものだな。弟たちは二人とも優秀で、特に下の弟は歴史書に載っているあらゆる戦術を網羅している。共和国など敵ではないさ」


「敵を油断させる。戦いの時の常とう手段ですね」


 思わず感心して言葉に出したセドリックに、レナートは頷く。


 話の腰を折ってしまって申し訳ないと頭を下げるセドリックに、レナートは気にしなくていいと目線で答えた。


 それから軽い調子で続ける。


「それより、どうしてお前は共和国が帝国に攻めこむのを知っているんだ?」


 思わぬ指摘を受けて絶句するダンゼル公爵に、レナートは厳しい目を向ける。


「ウラジミール・ダンゼル……名前からすると、おそらく母親か祖母あたりが共和国の人間だな。公爵家に嫁ぐとなれば、五大老のどこかの家の出身だろう。最近の動きを見ると、ロモン家しかないが」


 見事に出自を言い当てられて、ダンゼル公爵は口ごもった。


 確かにレナートの言う通り、ダンゼル公爵の曾祖母が共和国のロモン家の出身だ。


 だがちょうど元首が交代した時期であったため、穏健派のアシェル家の出身だと思われることが多い。


「共和国と手を結び、王国側から帝国を攪乱(かくらん)しようとしたのだろうが、残念だったな。帝国はそんな稚拙(ちせつ)な企みに、負けることはない」


「くっ。なぜこんなところに……。そ、そうだ。お前が皇太子であるという証拠がどこにある。証明できぬというならその娘と企んで王を殺そうとした不届きものでしかない。陛下、捕らえるのは私ではなく、この帝国の皇太子を名乗る不届きものです!」


「もう悪あがきはよせ、ダンゼル。既に証拠は揃っている。……セドリック」

「はい」


 フレデリック三世から名前を呼ばれたセドリックが一歩前に出る。ケインがその後ろに付き従った。


「例のものを」

「承知いたしました」


 セドリックはケインから受け取った箱を開けて、中身を国王に見せる。黒死麦だ。


「ダンゼル、お前はそれが何か知っているな?」


 フレデリック三世に問われたダンゼル公爵は、箱の中身をちらりと見ると、すぐに目を逸らした。


「はて。私にはまったく見覚えがございませんなぁ」

「おかしいですね。これはダンゼル公爵の配下のものが持っていたものですが、本当に見覚えがございませんか?」


「なぜわしの配下が黒死麦など持っているというのだ。言いがかりも(はなは)だしい。陛下、これはまったくの事実無根でございます。セドリック殿下はなにか勘違いをしておられるのです」


 ダンゼル公爵は、縄でくくられた不自由な体をよじって、切々と訴えかけた。


 だが。


「ダンゼルよ。なぜお前はそれを一目見て黒死麦と分かったのだ? 麦よりも大きく、黒く禍々しいそれを、普通は麦だと思うまい。まして黒死麦など、知るはずもない」


 フレデリック三世の唇が、怒りにだろうか、わなわなと震えている。


「答えよ、ダンゼル!」


 フレデリック三世は、病み上がりであるのが嘘のように、玉座の間に響き渡るような声を上げた。




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