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6話 王妃からの招待状

 エドワードの訪れを知っていただろうに、父であるジェームズはマリアベルに何も聞かず、ただ粛々とマリアベルが領地へ行く準備を進めるだけだった。


 急なこととはいえ、領地までの道のりは遠い。宿の手配や護衛の手配には時間がかかる。どれほど急ごうとも、全てが終わるまでは王都から出発できなかった。


 だがジェームズはなるべく早く娘と共に領地へ向かいたかった。


 婚約を破棄されてから、日に日にマリアベルの元気がなくなっていったからだ。


 領地に戻ればゆっくりと傷ついた心を癒すことができる。

 まるで萎れた花のような風情のマリアベルに、再び笑顔を取り戻して欲しかった。


「しかし、これをどうすべきか……」


 ジェームズは手にした封筒に視線を落とす。


 封蝋に押されている紋章は、王妃個人のものだ。内容は私的な茶会への誘い。


 王家からの誘いをマリアベルの体調不良を理由に断ってきたからか、ついには断れないような手段を使ってきた。


「やはり、早く王都を出るべきだった……」


 苦渋に満ちた声は後悔に満ちている。


 王太子との婚約を破棄した以上、王妃が個人的にマリアベルに会いたいと思うはずがない。


 同じ侯爵家の出身といえども、痩せた土地を治める侯爵家の出身である王妃は、南の肥沃な地を治めるバークレイ家をあまり良くは思っていなかった。


 だからなのか、あからさまな攻撃は控えていたものの、何かと辛く当たっていたという報告は受けている。


 今回の王太子の乱心に、その背中を押したのも王妃だと言われている。


 愚かなことだ。


 王太子の婚約者がなぜ我がバークレイ侯爵家の娘だったのか、分からないはずがないだろうに。


 ジェームズは重い足取りでマリアベルのいる温室へと向かった。

 ガラス張りの扉を開けると、むせかえるような薔薇の香りがする。


 温室の中央には白いベンチが置いてあった。


 マリアベルはそのベンチに座って、何をするでもなくただ薔薇を見つめている。以前より痩せた姿に、ジェームズは手に持った封筒の重みを感じる。


「マリアベル」


 声をかけられたマリアベルは、明らかに作ったと分かる笑顔でジェームズを見上げる。

 その痛ましい様子に、ジェームズは封筒を後ろ手に隠す。


 渡さないわけにはいかないが、渡したくはなかった。

 傷ついている娘がさらに傷つくのを見たくなかった。


「お父さま、何かご用ですか?」

「具合はどうかと思ってね」

「特に変わりはありませんわ」

「そうか」


 そのまま無言でいるジェームズに、マリアベルはいつもと違う様子を感じる。


「お父さま……どうかなさいました?」


 そう問いかけたマリアベルは、ジェームズが不自然に手を後ろに回しているのに気がついた。


「何か持っていらっしゃるのですか?」


 少しためらった後、ジェームズは封蝋のあるほうを上にしてマリアベルに差し出した。


「これは、王妃様の……」


 良く手入れされた美しい指が、少し震えながら白い封筒を受け取る。


 取り出した招待状を読んだマリアベルは、震えながらジェームズを見上げる。領地に広がる豊かな森をそのまま閉じこめたような、緑柱石の瞳が揺れていた。


 王妃はマリアベルにあまり良い感情を持ってはいない。


 それなのにわざわざ婚約者でなくなったマリアベルを呼ぶというのは、絶対に何か裏がある。

 面と向かって嫌味を言われるのか、それとも……。


 即答できないまま、マリアベルは手にした封筒を見下ろす。


 ジェームズはマリアベルの様子を見て、ある決心をした。


 王妃からの招待を断れば、おそらくバークレイ侯爵家は王家の不興をこうむるだろう。

 長い目で見れば、それは家の為にはならない。


 だが……これほどまでに傷ついている娘を、なぜ更に傷つけなければならないのか。


 さすがにこの手紙すら無視をして領地に戻れば、叱責されるだろう。

 それでも……。


「王妃殿下直々のお誘いだ。マリアベルの手で、お断りの返事を書かねばなるまい。そうだな……。病で起き上がれぬ状態なのだから、文字は多少揺らしておきなさい」


 ジェームズの言葉に、マリアベルはハッと顔を上げる。

 その頬に見える陰に、ジェームズは心を痛める。


「よろしいのですか?」

「最初に道理を(たが)えたのはあちらだ。礼をつくす義理はもうない」

「ですが……」


 マリアベルは王妃が感情的になる女性であることを知っている。


 侯爵家といってもかなり生活には困窮していたらしく、きちんとした淑女教育を受けていなかったという噂だ。


 優れた家庭教師を雇うほどの余裕がなく、幼い頃から感情を抑える教育を受けてこなかったのだろう。


 それは王太子妃となってからの教育でも変わらなかった。


 マリアベルはふと、エドワードの婚約者となった方はどうなのだろうと考えた。


 平民として育ったというならば、王妃よりももっと感情が豊かなのだろうか。

 それとも平民とは思えぬほどの、教養に満ちあふれた淑女なのだろうか。


 マリアベルは、初めてその女性を見てみたいと思った。


 会って言葉を交わす必要はない。

 でもエドワードがどんな人を愛したのか、ただそれだけを、見てみたかった。



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