57話 セドリック・レルム(王国視点)
「殿下。マリアベル嬢がバークレイ領からこちらにいらっしゃるそうです」
「報告をありがとう。お出迎えする準備は万端にしておいてね」
夕暮れの茜色に染まった空を窓から眺めていた少年は、そう言って振り返った。
柔らかな金色の巻き毛に、空色の青い瞳。まだ幼さの残っている頬は丸みを帯びているが、その表情は大人びている。
彼の名前はセドリック・レルム。王国の王位継承権第二位となり、王族である「レルム」の姓を持つ、亡き王弟の忘れ形見である。
「ガレリア帝国の皇太子か……。どんな方なのだろうな」
「かなりの切れ者とうかがっております。また大変な美丈夫であられるとか」
「そうですか……。マリアベル嬢を幸せにしてくれる方だといいのですけれど」
生まれてすぐに父を亡くしたセドリックは、伯父である国王の後見を受けて、王族として育てられた。
本来であれば大公家の後継ぎとなるべきであったが、十年前の疫病で父を含む多くの王族が亡くなってしまったからだ。
国王はセドリックにも十分な教育を受けさせるようにと、一流の教師を手配した。
エドワードが遠ざけた教師も、それ以上の教師はいないからということで、セドリックを教えている。
教師たちは貪欲に学ぶセドリックに、様々な知識を与えた。
亡くなった王弟がそうであったように、セドリックもまた天才であった。
既に学ぶべきことは学び終え、あとは趣味の植物学でも極めようかと思っていた矢先、突然エドワードがマリアベルとの婚約を破棄した。
セドリックにとって、兄のように慕っていたエドワードと婚約していたマリアベルは、実の姉のような存在だ。
小さな時は、マリアベルと呼ぶことができず「マリーねえさま」と呼んでいた。
マリアベルは、勉強ばかりしているセドリックを心配して、よく散歩に連れ出してくれた。
そしてセドリックが何を学んでいるか話すと、緑の目をきらきらとさせて「セドは何でも知っているのね」とほめて、頭を撫でてくれたものだ。
母である大公妃は、父の代わりに大公領を治めるのに忙しく、そうして頭を撫でてくれるのはマリアベルだけだった。
エドワードはセドリックに剣を教えてくれた。
幼心に、その剣筋の素晴らしさには感心したものだ。
セドリックは、二人が大好きだった。
もうすぐエドワードがマリアベルと結婚して、本当の家族になれると、そう思っていたのだが……。
「バークレイ侯の様子はどう?」
「今のところはつつがなくお過ごしのようです」
「それは良かった。不審なものが近寄らないように、引き続き注意してください」
「承知いたしました」
頭を下げるのは、かつてエドワードの側近候補だったケイン・コールリッジだ。
コールリッジ家の長男で、エドワードに遠ざけられるまでは未来の宰相と目されていた青年だ。
エドワードに対して度々忠告を繰り返した結果、側近から外されてしまった。
もう明日から来なくていいと言われて退出したケインは、悔しさに唇をかみしめて、しばらく扉の前で立ち尽くしていた。
そこへたまたま通りがかった幼い頃のセドリックが、大人びた表情で言った。
「エドワード兄上は頭ごなしに言われるのを嫌うのだから、もっと優しい言葉を使って本人が気づかないように誘導すればいいのに」
自分の半分ほども生きていない子供に諭されたケインだが、確かにセドリックの言う通りだと思った。
エドワードはたった一人の子供として、長い間国王夫妻に甘やかされてきた。
だから、厳しい言葉ばかり投げるのではなく、もっと優しい言葉で導くべきだったのだ。
ケインは自らを恥じ、同時に、その冷静な大人顔負けの人を見抜く洞察力を持ったセドリックに心酔して、押しかけ従者となった。
未来の国王ならばともかく、エドワードに嫡男が生まれるまで結婚もできず中途半端な立場のセドリックの従者になるのを勝手に決めたケインにコールリッジ伯爵は怒り狂ったが、半ば勘当されたような形で大公家にやってきている。
「それにしても兄上はすっかりサイモンの言いなりですね」
窓から離れてワイン色のソファに座ったセドリックは、両手を組んでため息を吐く。
「あれだけの仕打ちをしておいて、まだマリアベル嬢が自分を思っていると信じるなんて、相変わらず自信家でいらっしゃる」
「ケイン……。あなたが兄上を嫌っているのは知っているけれど、もう少し言葉を選んだほうがいい。誰かに聞かれたら大変だよ」
「ここにはセドリック殿下と私しかおりませんので」
澄ました顔のケインに苦笑いをするセドリックは、まだ十一歳だとは思えないほど落ち着いている。
セドリックのその姿に、ケインは亡くなった王弟殿下の面影を重ねた。
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