54話 王国の現状
「僕も今は王宮から離れているので、聞いた話にはなるのですが……」
そう言ってジュリアンは話し始めた。
ダンゼル公爵の目的は外戚になること。これは、アネットが妃でも実の娘が妃でも、どちらでも叶う。
だから婚約破棄後の公爵は特に動きを見せなかった。
しかしマリアベルが帝国の皇太子と婚約し、持参金として王国内でも生産性の高い穀倉地帯や鉱山を用意していると知ると、その結婚に猛烈に反対をした。
王国から離反して帝国に与するつもりだろうと、バークレイ侯爵が不在のまま、御前会議にて糾弾したのだ。
そしてすぐにジェームズを拘束して取り調べるべきだと主張した。
国王はジェームズの今までの献身と、マリアベルへの婚約破棄の際にその結婚には口を出さない約束をしたといってダンゼル公爵を退けたが、突然病に伏して姿を現わさなくなった。
あまりのタイミングの良さに誰もがダンゼル公爵を疑ったが、いかんせん証拠がない。
そのままダンゼル公爵が王国を乗っ取るかと思われたが、そこで王太子エドワードが立ち上がった。
側近たちの中でダンゼル公爵派を遠ざけ、国王派と呼ばれる勢力を後ろ盾に、国王代理を務めることになったのだ。
国王派筆頭はバークレイ侯爵なので、その身柄をダンゼル公爵から守るという名目で、王太子の近衛が国境でジェームズを待ち構えていたというわけだ。
「ではお父様はご無事なのですね?」
安心して肩の力を抜いたマリアベルに、ジュリアンは顔を険しくした。
「無事といえば無事だが、軟禁されている状態だ」
「なぜそんなことに」
「従来の国王派は国王の発言を尊重し、マリアベルの結婚も自由意思だと認めてくれているんだけれど、新国王派とでもいうのかな……そんな人たちが現れてね。彼らは王太子殿下を中心に、これからの王国の利を考えようと言い出したんだ」
「これからの……」
確かにこれからの王国の利を考えるのであれば、マリアベルが持参金にする領地を帝国に渡すのは避けるべきだろう。
しかしそれがなぜ王太子の寝室に繋がるのか、マリアベルにはさっぱり意味が分からない。
領地のためにマリアベルを側室にしたいということだろうか。
……愛もないのに……?
そもそも、マリアベルのもたらす富よりも真実の愛を選んだからこその婚約破棄だったのではないだろうか。
あの時は激しいショックを受け、これまでの自分を否定されたように感じて絶望した。
だがレナートと過ごすうちに愛というのがどんなものか分かってきたマリアベルは、政略による結婚ではなく、真実の愛を選んだエドワードの気持ちも分かるようになってきた。
エドワードのために過ごした十年間の妃教育も、レナートのために役立つと思えば無駄ではない。
だから、エドワードを赦したい。
きっと次に会った時には、それぞれ隣に愛する人がいて、ただの幼馴染のように昔話をして。
そう、思っていたのに……。
王国のために愛してもいないマリアベルを側室にするというのでれば、エドワードの言う「愛」とは、一体どんなものなのだろう。
「それでベルを側室にするということか? ふざけるなっ」
その声の大きさに、部屋の空気がビリビリと震えた。
触れている手からレナートの激情が伝わってきて、マリアベルは恐ろしさよりも、それが自分のための怒りであることに喜びを感じる。
きっと、何があってもマリアベルを手放さない。
その気持ちが伝わってくるようで、嬉しい。
「当初はマリアベルを妃に、平民の娘を側室に、と殿下を説得していたそうです。最近では平民の娘もようやく自分には王妃の座は荷が重いと気づいたらしく、名目だけの王妃であれば自分は側室でも構わないと言い出しました」
ひゅっ、とマリアベルの喉が鳴った。
まさか、そこまでマリアベルの心を無視した話が出ているとは思わなかった。
マリアベルは一度だけ会ったアネットの姿を、ぼんやりと思い出す。
明るく、感情がすぐ顔に出る女性だった。
貴族らしいところなど一つもなかった人だったけれど、平民のように愛する相手のただ一人の妻ではなく、側室でもいいと思えるほど貴族の考えに染まってしまったのだろうか。
「どこまでもベルを馬鹿にした話だな」
「しょせん平民の娘の浅知恵です。一部のもの以外、誰も本気にはしていませんでした。王太子殿下も真実の愛を見つけたといってマリアベルとの婚約を破棄した以上、今さら妃にしたいなどと言えるはずもありません。当家も当然お断りいたしますしね」
バークレイ領に引きこもるジュリアンのところへそのような提案を持ってきたものもいたが、当主であるジェームズの許可を取るまでもなく門前払いにした。
王国のためと思って、などと言われても、既に十分王国のために尽くした。
その結果がマリアベルの婚約破棄だ。
これ以上の献身など、求められても無理な話だ。
「当然だな」
そう言いながら、レナートは息を止めていたマリアベルの背中を優しくさすった。
マリアベルが見上げると、包みこむような深い青の瞳が見下ろしている。
ランプの灯りに照らされて、昼とは違う、夜の海の温かさを感じる色にマリアベルは安心した。
そっと、鍛えられた体に寄り添う。
今はただ、その温もりだけが心の支えだった。
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