50話 王国への潜入
レナートとマリアベルは、皇帝の許しを得て、王国に最も近い街である皇太子直轄領へと向かった。
マリアベルは皇帝の許しが得られるとは思っておらず驚いたが、王国の状況も把握しておきたいということで納得した。
それにレナートがいれば、王国内に潜ませている諜報部員たちを使うことができる。
今の王国にはかなりの数の諜報部員が潜んでおり、こっそり王都に入れば、王宮に侵入する手引きが可能だということだった。
ただ王都に行くまでに、マリアベルが見つかってしまえばそこで捕縛されてしまう可能性があるし、友好国とはいえ帝国の皇太子が事前の連絡もなく王国内にいれば、何かあるのかと勘繰られてしまう。
帝国への抗議だけならばいいが、バークレイ侯爵家が王国内で内乱を起こすつもりだという疑いをかけられる可能性がなきにしもあらずだ。
そこでレナートが考えたのは、ジェームズと一緒に王国に行く予定だった劇団を使うことだ。
既に王国内での巡業の許可は取っているが、一緒にやってきたジェームズが王国軍に捕らえられてしまったため、皇太子直轄地に戻って待機していた。
その劇団員に紛れて、王都まで行くのだ。
「なんだか不思議な気分です。私をモデルにした劇の主人公の代役になるなんて……」
帝国で最も人気があるジャンロッド劇団は、三大悲劇を書いたジャンロッドの戯曲を中心に演じる劇団だが、最近は新しい演目を公演するようになった。
特に今回の「気高く美しく咲く運命の薔薇よ」は、ロマンスの女王と呼ばれるビビアナ・ロッサの新作で、本の発売と同時の公開ということもあり、かなりの評判になっている。
王国でも、あの噂のジャンロッド劇団がやってくるということで大注目されており、気の早いものは早速バークレイ領に訪れて宿を取っていた。
気高く美しく咲く運命の薔薇よという劇は、レナートとマリアベルの恋物語を劇に仕立てている。
名前こそ「レオポルド」と「マリーア」だが、誰をモデルにしているかなど、一目瞭然だ。
当然役者たちは、その二人に似た姿の化粧と衣装をしている。
レナートとマリアベルは、その「レオポルド」と「マリーア」の代役を務める役者として劇団員に同行していたが、元々自分たちがモデルなので、はたから見れば何の違和感もなかった。
「あの女優よりもベルのほうが美しいがな」
普段よりも少し簡素な服を着たレナートが、マリアベルの髪をひと房すくいあげて口づけた。
周りにいた女優の卵に扮した侍女たちが「きゃあ」と歓声を上げる。
「えっ、あの、そのっ」
マリアベルは真っ赤になったが、それを見たレナートは喉の奥で笑った。
「レオさん、レオさん、そこまでですよー」
マリアベルの髪をすくいあげていたレナートの手をペシリと叩いたのは、御者の恰好をしたカルロだ。
彼は絶対に役者の真似事はしないとかたくなに言い張って、御者役を務めている。
ちなみに他の護衛たちは、護衛役の役者ということになっていて、無言のまま立っているだけだが、見栄えがいいと言われて舞台に立たされている。小道具として持ちこんでいる剣は、もちろん刃をつぶしていない真剣だ。
あまりの気恥ずかしさにカルロと同じ御者を希望したものもいたのだが、そんなに御者は必要ないと却下されてしまった。
「人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られろと言われなかったか?」
「残念ながら、今の俺は馬ととっても仲良しです。ところでそろそろ出発しますよ」
皇太子直属領からバークレイ領までは、順調に旅が進んだ。
いつもより警備が厳重な国境線での検問も、評判の劇団が訪れたということで、問題なく通れた。
もちろん役者たちの間に混じって馬車に乗っていたレナートとマリアベルの姿も国境警備の兵士たちによってチェックされたが、劇団員たちの渾身のメイクによって、それと知られることなく切り抜けることができた。
王国内ではレナートよりもマリアベルのほうが、その顔を知られている。
だが女性はメイクだけでもずいぶん印象が変わる。
印象的な緑の瞳は伏せがちにして隠し、肌の色を濃くして顔全体にそばかすを描いたマリアベルは、完璧な淑女と呼ばれたマリアベルの姿とは別人のようだった。
順調にバークレイの城下町まで到着すると、劇団員たちはすぐに興業の支度を始めた。
日が落ちるか落ちないかという頃、いよいよ公演が始まるのかと街の人たちが劇団のテントへと集まってきた。
そのテントの西側から、夕暮れに紛れて灰色のマントを着た一団が出ていくのを誰も見ていなかった。
彼らはそのまま街の西のはずれにある墓地へと向かう。
そして「我が友オルフェウス」と書かれた墓碑の前で立ち止まった。
「ここが入り口か?」
「はい。あ、でも、墓碑を上げただけでは行けません。少しお待ちくださいませ」
騎士たちに命じて墓碑を持ち上げようとしたレナートを止めたマリアベルは、周りを見回すと、地面に転がっていた石の重さを確かめ始める。
「石などどうするのだ?」
「こういたします」
マリアベルは選んだ三つの石を、墓碑の三つある窪みに置いて、墓碑を後ろに押した。
するとそこには、地下へと続く階段が出てきた。
「なんだこれは。一体どうなっている?」
驚くレナートに、マリアベルは振り返ってにっこりと笑った。
「これは、古代のからくりを利用した秘密の入り口です」
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