47話 王国の御璽
レナートの怒りを間近で見たマリアベルは、今まで見たことのないレナートの激しさに震えた。
怖いわけではない。
一国の皇太子が優しいだけの男であるはずがないのだから、マリアベルの前ではずっと優しかったけれど、こうした面も持っているだろうと思っていた。
そのレナートの怒りが、マリアベルのためだということが……こんなにも嬉しい。
それと同時に、自分も強くあらねばと思った。
きっとレナートはマリアベルを大切に守ってくれる。
どうすればいいのか分からずに立ち止まるマリアベルの手を引いて、行くべき道を教えてくれるだろう。
けれどそれだけでは、嫌だと思った。
……ともに並び立ちたい。
肩を並べるのは無理でも、手を引かれずについていけるくらいには……。
マリアベルは、強く、そう思った。
気を取り直したマリアベルは、届けられた手紙をもう一度読み直してみた。
そこには――。
マリアベル・バークレイは既にサイモン・レントと婚約しており、ガレリア帝国皇太子レナートとの婚約は無効であること。
この婚約は以前の婚約が破棄された一か月後に結ばれたもので、それを証明する誓約書が教会にあること。
万が一この婚約をマリアベル・バークレイが一方的に破棄する場合は、婚約を締結したジェームズ・バークレイが婚約契約書の文書偽造の罪に問われること。
さらに婚約破棄の慰謝料として、婚約契約書に書かれた鉱山と領地の一部をサイモン・レントに渡すこと。
と、書いてあり、王国の国王のサインと王国の御璽が押されてある正式な文書だ。
しかし、書いてある内容はすべてデタラメだ。
マリアベルはサイモンと婚約などしていないし、ジェームズがマリアベルとサイモンの婚約契約書にサインなどするはずがない。
文書を偽造しているのは、明らかに王国側だ。
しかも慰謝料として鉱山と領地の一部を寄こせというのは、あまりにもひどい。
だが……。
マリアベルは言いようのない違和感を覚える。
エドワードの婚約者だったマリアベルは、国王のことをよく知っている。
国王は、年を取ったらこうなるのだろうと思うほど、エドワードにとてもよく似ていた。
礼儀作法には厳しいところがあったが、マリアベルの妃教育が順調に進んでいることを、いつも喜んでくれていた記憶がある。
一人息子のエドワードを溺愛していて、「君のようなしっかりとした令嬢が息子の妃になってくれるのは、とても嬉しい」と口癖のように言っていた。
一国の王とはいっても、ガレリア帝国の皇帝のように覇気にあふれた人物ではなく、治世は可もなく不可もないという印象だ。
平時であれば十分に良い国王だと言える。
その国王が、わざわざこんな帝国に喧嘩を売るような手紙を出すだろうか。
しかも手紙というよりも正式な文書の体裁だ。
そこでマリアベルはハッと気がついた。
正式な文書の場合は、封書に押す封蝋が特別なものになる。
国王だけが知るその特別な印を、マリアベルは一度だけ見せてもらったことがあった。
一見ただの傷のように見える印に疑問を持って、直接国王に尋ねたことがあるのだ。
国王は「よく分かったね。誰にも言ってはいけないよ」と言って、その違いを教えてくれた。
「カルロ様、その封筒を見せて頂けませんか?」
レナートとこれからどうするかを話し合っていたカルロは、マリアベルの声に潜む緊張感に気づいた。もちろんレナートも気づいている。
「どうぞ」
封筒を二つとも渡されたマリアベルは、その封蝋をじっくりと見る。
やはり、違う。
これは国王の書いたものではない。
「レナート様、この手紙は偽物です」
「……どうして偽物だと?」
「詳しくは申せませんが、国王陛下の書いたものではないということだけは断言できます」
封蝋に押された、王冠を掲げる二頭の一角獣。
よく見れば、明らかにマリアベルの知るものとは違う。
しかしそれは、王国の機密に関わる重大事項だ。
いくら婚約したとはいえ、帝国の皇太子であるレナートに明かして良いのだろうか……。
マリアベルは逡巡したが、王国で何かが起こっているのは確かだ。
でなければ、これほど精密に偽造された御璽も、本物そっくりの国王のサインも、ただバークレイ侯爵家を陥れるためだけにしては、大掛かりすぎる。
マリアベルは自分のためだけではなく、家族を守るためにも、それを確かめなければならないと決意を固めた。
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