44話 ジェームズの帰国
帝国でレナートの婚約者としてのお披露目を終えたマリアベルは、そのまま皇宮の一角に部屋を与えられて妃教育を受けることになった。
なにもかもが急に決まってしまったので、ジェームズは一度領地へ戻ることにする。
なにせマリアベルの婚約破棄で受けた心の傷を癒すためのただの旅行だったはずなのに、いつの間にか皇太子と婚約をして皇宮で暮らすことになってしまったのだ。
マリアベルもいずれは一度領地に帰ることになるだろうが、今の状態で帰国することはできない。
持参金だけではなく嫁入り道具の手配があるし、さすがにレナートとマリアベルの結婚式の日までジェームズが領地を離れたままでいるのは不可能だ。
おそらく、国王や王国の重鎮たちへの説明も必要だろう。
だが一番に説明をしなければならないのは、領地で待っている家族たちだ。
ジェームズの妻も息子も、一応手紙で大体の事情は説明しているが、一体何が起こっているのかとやきもきしていることだろう。
マリアベル一人を帝国に残していくのは不安だが、フィデロ伯爵家とマリーニ公爵家が後見を約束してくれているし、何よりレナートがしっかり守ると断言してくれているので、ジェームズとしてはそれを信じるしかない。
帝国に残ることを希望した侍女と特に信頼のおける数人の護衛には、しばらく残ってもらうことになった。
もちろん時期を見て一度王国へ戻らせることになるが、それまでは少しでも多く王国の人間がそばにいたほうが、マリアベルの心も休まるだろう。
何やら吹っ切れた感のある大使もマリアベルの安全に留意してくれるということなので、後ろ髪を引かれつつも、ジェームズは帰国の途へとついた。
帝国内での護衛には、マリアベルの元に残した人員の補填として一部隊が同行してくれることになった。
彼らは王国の国境までの道のりを護衛してくれることになっており、その先はバークレイ侯爵家の領軍が迎えにきてくれる手はずになっている。
その他にも「気高く美しく咲く運命の薔薇よ」という劇を上演する劇団が同行して、まずは皇太子直轄領で劇を披露して、その後は許可が下り次第、王国内を巡業する予定だ。
もちろんその劇の主人公のモデルはレナートとマリアベルだ。
ヒロインに婚約破棄を告げる男が公爵令息という違いはあるが、二人の出会いからの流れはほぼ同じだ。
名も知らぬまま花祭りで出会って、その後、偶然図書室で再会し、恋に落ちる。
そして様々な障害を乗り越えて結婚式を迎えるという物語は、民衆の好きな展開だ。
しかも演じるのは帝国で最も人気のある劇団だ。
ちなみに二番目に人気の劇団は、既に皇都内で公演を始めて大人気となっている。
王国でも王太子の恋物語を劇にして上演しているということだが、まだ王都内でしか上演されていない。
それとは逆に、帝国側の劇団は地方から公演を始めて、最後に王都で上演する予定だ。
王都に住むものたちは、地方で人気となっている劇をいつ観られるのかと待ち遠しく思うだろう。
そのタイミングで、レナートとマリアベルの結婚式が行われる予定だ。
すべて、レナートによる策だ。
さすが帝国の皇太子というべきか。
敵にすれば恐ろしいが、味方にすればこの上なく頼もしい。
国王からエドワードとの婚約破棄を告げられた時は怒り狂ったが、こうしてみると、レナートの言う通り、これは運命だったのかもしれない。
皮肉なことに、エドワードの真実の愛が、マリアベルの運命の扉を開いた。
そう感慨にふけりながら、国境を越える。
迎えにきてくれている領軍の数は、思ったよりも多い。
バークレイ領内で何かあったのだろうかといぶかしむジェームズは、領軍の後ろにもう一軍、兵士たちが並んでいるのに気がついて馬車を止めた。
旗手の持っている旗の紋章は、角を交差させ向かい合う二頭の一角獣と、その上に載せられた黄金の王冠。
――それは、王国軍であった。
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