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43話 エドワードの憂い(王国視点)

 突然の報告に、エドワードは思わず持っていたペンを落とした。


「マリアベルが、帝国の皇太子と婚約……?」


 ころころと転がるペンは、報告するガレリア帝国から急ぎ戻ってきた副大使の靴に当たって止まった。


 エドワードはそれに気がつくことなく、ただ副大使の顔を呆然と見つめている。


「まさか、冗談だろう……」


 副大使はかがんでペンを拾いエドワードに手渡そうとしたが、反応がないので仕方なく執務机の上に置く。


 そこにある書類は、エドワードがマリアベルとの婚約を破棄してからというもの、高く積み上がる一方だ。


 以前は妃教育の合間にマリアベルがエドワードの執務を手伝っていたのだが、新たな婚約者のアネットは妃教育で精一杯という以前に、難しい言い回しを理解できないので、何の役にも立たない。


 次々と運び込まれる書類の山は、日を追うごとに高くなっていった。


「いいえ、冗談などではございません。ガレリア帝国皇太子レナートとマリアベル・バークレイ両名の正式な婚約の文書は、数日後に王国へ届けられることと思います」

「それはおかしいですね。王国の貴族が国外の人と結婚するには、陛下の許可が必要なはずですが」


 副大使の説明に、エドワードの側近であり未来の宰相と目されているパーシー・コールリッジが疑問を投げかける。


「その通りです。ですが……」


 副大使は頷いてから続けた。


「帝国にいらしたバークレイ侯爵の説明によりますと、国王陛下も承認されているとのことで……。何も聞かされていなかった我々は驚き、取り急ぎ私が帰国し事態の把握をと思ったのですが、陛下は体調を崩されているとのことで殿下にお伺いに参った次第です」


 それから副大使は心配そうに付け加えた。


「陛下のご容態はいかがでしょうか」

「少し疲れがたまっていただけのようだから、心配はいらないよ」

「それは安心いたしました」


 エドワードの言葉に安心した副大使は、これからどうすればいいのかという顔でエドワードを見た。


 だがエドワードが何も答えないので、側近たちに視線を向ける。

 その側近たちも、困ったような顔をして立っているだけだ。


 副大使はこれ以上ここにいても詳しい話は分からないと思い、諦めて部屋から退出した。


「殿下」

「今の話は本当だろうか……」


 立ちすくんだままのエドワードに、パーシーが声をかける。


「私が調べてまいりましょうか」

「うん。頼むよ」

「我々も情報を収集してまいります」

「そうだね。そうしてくれないか」


 パーシーと側近たちが出て行くのを見送ったエドワードは、その背中をしばらく見送ると、心ここにあらずといった様子で執務机へと戻った。


 ペンを手にして書類仕事の続きをしようと思うものの、書いてある内容が頭に入らない。


 一人だけ残っていた乳兄弟のサイモンが、見かねてエドワードに声をかけた。


「殿下、少し休憩をなさってはいかがでしょうか」

「そうだね、サイモン」

「お茶の用意をしてまいります」


 侍女を呼んでお茶の用意をしてもらう間に、エドワードはなぜマリアベルが帝国の皇太子と婚約をしたのだろうかと、ただそればかりを考えていた。


 バークレイ候は、娘をないがしろにされたと言ってかなり(いきどお)っていたと聞く。

 ではその腹いせで帝国との縁組を進めたのだろうか。


 だが帝国の皇太子には婚約者がいたはずだ。


 ということは、マリアベルは皇太子の側室として嫁ぐのだろうか……。


 本来は王妃となるはずだったのに、自分が真実の愛を見つけてしまったせいで、マリアベルは辛い立場になっているのかもしれない。


 そう思うと、マリアベルに対する申し訳なさが(つの)ってくる。


 バークレイ侯爵は娘を王妃にと強く推してきたことから分かるように、かなり権力に固執する人物だ。


 今回の縁組も、おそらくバークレイ候の主導だろう。


 マリアベルは、この縁組を望んでいるのだろうか。……おそらく望んではいないのではないか。


 そう考えると、エドワードの胸は痛んだ。

 なんとかしてあげたいとは思うものの、どうすればいいのか分からない。


「殿下。こちらをどうぞ」


 侍女に用意させたお茶をエドワードの前に置いたサイモンは、長い前髪の間から心配そうにエドワードを見た。


 額のあたりに特にひどいあばたがあるサイモンは、前髪を長く伸ばしてその(あと)を隠しているのだ。


「マリアベル様を心配なさっていらっしゃるのですね」

「それは……。まあ、ずっと一緒にいたからね」


 そばにいるのがサイモンだけということもあって、エドワードは素直に心情を吐露した。


「マリアベルが幸せになれるというならいいんだ。でも……」


 もしも無理やり婚約を結ばされたというのであれば、もしかしたら王太子である自分が助けることができるのではないだろうか。


 エドワードはマリアベルのために何かできないだろうかと、考えを巡らせる。


 そこへ、サイモンの静かな声がかけられた。


「マリアベル様は殿下から離れたいと思っていらっしゃるのかもしれません」

「それほど嫌われているということか」


 サイモンの言葉にショックを受けるエドワードに、サイモンは小さく首を振った。


「いえ、逆です。愛しているからこそ、殿下がアネット様と仲睦まじくお過ごしなのを見ていられなかったのではないでしょうか」

「マリアベルが僕を愛している……?」


 思ってもみなかったことを言われて、エドワードの目が見開かれる。


 確かに好意は持たれていたと思う。


 だがそれは、エドワードがアネットに感じたような焦がれるような思いとは別のものであったはずだ。


「ずっとお二人のそばにいた俺には分かります。だからせめて殿下の近くにいられるようにと、俺がマリアベル嬢に結婚を申しこもうと思っていたんですが、バークレイ候に取り次いで頂けませんでした」

「そうだったのか……」

「ですが今は離れたほうがいいと思っても、必ず後悔なさるのではないでしょうか」

「そういうものかな」

「ええ。俺には分かります。だから……マリアベル様を取り戻しましょう」


 そうエドワードにささやくサイモンの声は、昏い陰りを帯びていた。







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