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42話 弟皇子たちへのご褒美

「僕は行きたくないよ……」


 うんざりしたような顔をしているのは、レナートのすぐ下の弟のリナルドだ。レナートと三男のアンジェロが皇帝に似ているのに比べ、皇妃に似た温和な顔をしている。


「例えるなら、飢えた獣の群れに飛びこむようなものだからね」


 アンジェロは、嫌がっているのをまったく表情に出さず、声だけで主張した。


「いくら兄上の頼みとはいえ……」


 ぶつぶつと文句を言うリナルドに、レナートは「そういえば」と思い出したようにわざとらしく呟く。


「そういえば、王国には珍しい猫がいるのだったかな。マリアベルは知っているか?」

「猫……ですか?」

「確か雌しか生まれなくて、雄はとても珍しいのだとか」

「ええと……三色猫のことでしょうか」


 白地に黒と茶色の模様がある猫は、雄がほとんど生まれないので、守り猫として人気になっている。


 その猫のことだろうかとマリアベルが尋ねると、猫、という言葉にリナルドが反応した。


「三色猫! あの幻の!」

「バークレイ侯爵の館で飼っていると聞いた。それをバークレイ候が皇家に譲ってもいいと――」

「本当かい、兄上! うん、僕は何でも協力するよ!」

「……リナルド兄上、また猫でつられてるよ……」


 諦めたようなアンジェロをよそに、リナルドは踊り出しそうなほど喜んでいる。


 レナートがマリアベルとの婚約に奔走している間も、リナルドは白い毛並みで赤と青のオッドアイの子猫を譲り受ける約束で、レナートの執務を引き受けていた。


「一応言っておくけど、僕はものになんて釣られないからね」


 警戒するアンジェロに、レナートは「そうか、それは残念だ」と言って階下のフィデロ伯爵に目を向けた。


「フィデロ伯爵家にある、コルネリウスの『アナパシス戦記』の初版を写させてもらう許可をもらったのだが……」

「っ……! やればいいんでしょう、やれば! 行きますよ、リナルド兄上」


 歴史書に目がないアンジェロにとって、ただ本を借りて読むだけではなく、その版ごとの違いを見つけることこそが楽しみになっている。


 歴史というのはその時代の為政者によって、変えられてしまうことも多い。だからこそ、初版の歴史書というのは貴重なのだ。


 レナートは弟たちの嗜好(しこう)を完全に把握し、難題を頼む時のご褒美(ほうび)にしていた。


 思惑通り、先に下りていったリナルドとアンジェロに、適齢期の娘を連れた貴族たちが集まってくる。


 あのクラウディアでさえ、父に連れられて不本意だという顔を隠さないままリナルドの方へと歩み寄っていた。


 その間にレナートとマリアベルは、話しかけられるのを待っている貴族たちの間を縫って、マリアベルの父であるジェームズの元へ行った。


「バークレイ候」

「これはレナート皇太子殿下。わざわざのお声かけ、光栄に存じます」


 慇懃に礼をするジェームズが顔を上げるのを待って、レナートは壁際へと移動する。

 ジェームズは心得たようにその後を追った。


 横にいた大使もまた、制止されないのを確かめてからジェームズの後を追う。


 さすがに他の貴族は近寄れず、その場にはレナートたち四人だけとなる。


 レナートはさりげなく、自分の護衛たちにしばらく誰も近づけないようにと命令すると、困惑している大使に向き直った。


「さて、大使。突然のことに驚いたかとは思うが、貴国のマリアベル・バークレイは、我が帝国の皇太子妃となることに決まった」

「……このたびは誠におめでたく存じ上げます。ですが、その……」


 言いよどむ大使は、声を潜めた。


「今日の発表は、いささか勇み足でいらしたのではないですか? バークレイ家といえば、遡れば王族の姫君の血に連なる由緒正しいお家柄でございます。そのバークレイ家のご令嬢と皇太子殿下のご婚約となれば、国家間で話し合うべき重要な問題ではないですかな。それを勝手に発表してしまうというのは、いかがなものでございましょう」

「ふむ、大使の懸念ももっともだ。だが……詳細は後でバークレイ候から聞くとよかろうが、簡単に説明すると、先ほども皇帝陛下がおっしゃったが、貴国の国王陛下からは了承を得ているので何も問題はない」

「なんと陛下が!」

「婚約破棄をされた際の損害賠償の書類に、今後マリアベルの婚姻に関して王国は一切の口出しをしないと約束しているそうだ。そうであったな、バークレイ候」


 レナートの確認を、ジェームズは肯定する。


「さようでございます、殿下」


 軽く頷いたレナートは、腕を組んでいるマリアベルを見下ろして微笑んだ。


 マリアベルのエメラルドの瞳に、シャンデリアの灯りが映ってきらめいている。


 薔薇園の日の光の下で無邪気に笑うマリアベルも美しいと思うが、こうして舞踏会の人工的な明るさの元で微笑みを浮かべる姿も美しい。


「つまり、マリアベルが皇太子妃となっても、何の問題もないということだ」

「しかし持参金としてお持ちになる土地も広すぎるのではないでしょうか。これではバークレイ候に叛意(はんい)があると受け取られても仕方がありません」


 大使がなおも言いつのったが、ジェームズが「陛下もご存知のことです」と言うと押し黙った。


「陛下は、一体どういうおつもりなのだ……」


 大使の小さく呟いた言葉は楽団の奏でるメヌエットの音に紛れ、それに応える声はなかった。





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