4話 真実の愛
「殿下は真実の愛を見つけたと……。そう、おっしゃいました」
淑女は喜怒哀楽を他人に見せてはならないと教えられたマリアベルだが、ここにいるのは父だけだ。
だったら、少しくらいは、この張り裂けそうな胸のうちを打ち明けてもいいのではないかと思った。
「だから婚約破棄してほしいと……」
「愚かなことを……」
ジェームズは苦く思う。
おそらくエドワードは、国王夫妻も愛で結ばれた結婚をしたのだから、マリアベルとの婚約を破棄して愛するものを妻に迎えても、何の問題もないと考えているのだろう。
だが国王が後ろ盾のない妃と結婚したことによって、王家の権力は弱くなってしまった。
それを補うためのマリアベルとの結婚だったのだが……。
確かに両親と違って政略結婚をしなければならないエドワードは可哀想だったかもしれない。
だがそう思った王家はバークレイ侯爵家だけではなく、釣り合いの取れる家の娘を王太子の婚約者候補に挙げていた。
そして幼い頃に開かれた茶会でマリアベルを選んだのは、エドワード自身だった。
父の目から見ても、二人の仲に問題があったとは思わない。
燃えるような恋ではなかったとしても、共に国の将来を背負う二人は、互いに穏やかな愛情を育んでいっただろう。
そして王室の権威は保たれ、国に平穏が訪れたはずだった。
「しかし陛下が認めてしまった以上、どうにもならない。今回のことはお前のせいではない。……力及ばず、すまなかった」
そう詫びるジェームズの腕の中で、マリアベルは静かに涙を流した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日から、マリアベルは領地へ戻る支度を始めた。
婚約破棄の詳しい事情を聞きたいのか、茶会や舞踏会への誘いは多いが、行ったとしても肩身の狭い思いをするに決まっている。
一切の誘いを断っていいという父の言葉に甘えて、マリアベルは全ての誘いに断りの手紙を出した。
中には新しい出会いを求めていらっしゃいという友人からの誘いもあったが、さすがに行く気にはなれなかった。
王太子と婚約破棄したマリアベルに次の縁談の話がくるのかどうかは分からない。適齢期で身分の高い男性はほとんど婚約済みだから、もしかしたら結婚はできないかもしれない。
でも、それでもいいかもしれないとマリアベルは思う。
もし結婚をしてから、夫が真実の愛を見つけてしまったら、そのほうが大変になる。
だからマリアベルは、結婚をしないで修道院に入るのもいいかもしれないと思い始めている。
なぜならマリアベルには真実の愛が分からないからだ。
貴族の義務として政略結婚をするのが当たり前だと教育されてきたのに、今さら自分で愛する相手を見つけなさいと言われても、できそうになかった。
領地に帰れば母もいる。
母に聞けば、真実の愛とやらが分かるだろうか。
けれども今では深い愛情で結ばれてはいるとはいえ、その母も父とは政略で結ばれた仲だ。
果たしてマリアベルの欲しい答えをくれるのだろうか……。
不安に思いながらも、領地へ帰る支度をしていたマリアベルの元に、家令が渋い顔をしてやってきた。
「トマス、どうしたの?」
「……お嬢さまにお客様でございます」
「私に……?」
エドワードとの婚約を破棄してから、マリアベルが友達だと思っていた人々は、数人を残し、波が引くようにマリアベルの元から去っていった。
王太子妃、ひいては王妃になる未来があったからこそ、彼女たちはマリアベルの友人でいたのだ。
王家との婚約を破棄され領地に戻る予定のマリアベルには何の価値もないのだと思い知らされて、ただでさえ傷ついていた心がもっと深く傷ついた。
けれどそんなマリアベルでも良いと言って、わざわざ訪ねてくれた友が残っていたのだと、期待をこめて尋ねる。
サントス侯爵家のエミリア様だろうか。ハウスタッド伯爵家のユーフェミア様だろうか。それとも……。
「一体どなたがいらしたの?」
「それが……」
言いよどむトマスに、訪れたのはマリアベルにとってあまり好ましくない客だということが分かる。
では、傷ついたマリアベルの心を慰めてあげようと思ってくれる友は、誰一人いないのだ。
それは王太子妃として常に自分を律し生きてきたと自負するマリアベル個人には、なんの魅力もないということなのだろう。
だからエドワードもマリアベルではない、平民の少女を愛したのだ。
自分の何もかもが無価値に思えて、マリアベルの心は重くなった。
両親は愛する人を見つけなさいと言ってくれた。
両親と兄の愛を疑ったことなどない。侯爵家に仕える使用人たちからも大事にされていると思う。
でもそれは家族であり、雇い主であるからではないだろうか。
マリアベルがただのマリアベルだったなら、果たして愛してくれる人などいるのだろうか……?
「体調がすぐれないのでお断りしてちょうだい」
言葉にできない絶望が、ひたひたと足元から迫ってくる。
マリアベルは、本当に、今すぐにでも部屋に戻りたかった。
だが、それは叶わなかった。
「それはできかねます、お嬢さま。お忍びで、王太子殿下がお越しになっております」
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