29話 自信がないのです
突然膝の上に乗ってきた子猫は自分でも知らない人の膝に乗ってしまったことに驚いているのか、目を真ん丸にしている。
少し長めのオレンジの毛が、ぶわっと広がった。
マリアベルは驚かさないように優しく声をかけながら、そっと喉元を撫でてあげる。
やがて子猫はゴロゴロと喉を鳴らすようになった。
そしてもぞもぞとマリアベルの膝の上で居心地の良さそうな場所を探し、丸まってしまう。
「まあ、珍しいこと。メルティはあまり人に懐かないのよ」
「そうなんですか?」
猫は本来気まぐれで、飼い主にすらなかなか懐かない猫もいる。
たとえ懐いていたとしても、自分が構って欲しい時だけ側にくるので、こんな風に初対面の人間に懐くのはとても珍しい。
「マリアベルさんが気に入ったのね」
再び席に着いたテレーゼが、微笑まし気にマリアベルに笑いかけた。
「そういえば『薔薇の微笑み』をまだ読んだことがないのであれば、しばらく貸してさしあげましょうか?」
「良いのですか?」
『薔薇の微笑み』は帝国で大人気の恋愛作家、ビビアナ・ロッサの最新作だ。
まだ王国では発売されていない本なので、マリアベルはぜひ読んでみたいと思っている。
「ええ。マリアベルさんとお父さまは、もう少しこちらに滞在するのかと思っていましたけれど、どうやらすぐに出発しないといけないのではなくて?」
確かに十日後に皇都で婚約式をするのであれば、遅くとも明後日には出発しなければならないだろう。
「確かに早く正式に婚約をしたほうが良いと思うけれど……。マリアベルさんは殿下にとても愛されているのね」
テレーゼの言葉にマリアベルは真っ赤になった。
だが、ふと視線を膝の上の子猫に落とした。
「殿下は……私のどこがお気に召したのでしょうか……」
レナートがマリアベルと出会ってから、まだそれほど時間が経っていない。
だからあれほど思ってくれている理由が分からなくて、不安がある。
だってマリアベルは、長い間婚約者として支えていたエドワードに婚約破棄されてしまうくらいだ。
完璧な淑女を目指していたのに、何がいけなかったのだろう。
とても大事に思ってくれているのは分かる。
分かるけれども、レナートを知れば知るほど、自分とは釣り合いが取れないように思えて仕方がない。
マリアベルはそれまで王太子の婚約者として、常に自分を律してきた。
けれどそんなマリアベルの努力よりも、屈託のないアネットの笑顔のほうが、価値のあるものだったのだ。
だからレナートが、自分のどこを良いと思ってくれているのかが分からない。
「それは殿下に直接聞かないと分からないとは思うけれど……。人を好きになるきっかけなんて、きっと些細なことなんじゃないかしら」
「そう……なんでしょうか」
自信なさげなマリアベルに、テレーゼはおどけたように言った。
「私も主人を好きになったのは、本当に些細なきっかけだったわよ」
「どんなきっかけだったのか、お聞きしても……?」
「それほど大したことではないんだけれどね」
そう前置きして、テレーゼは夫であるダニエルとのなれそめを語り始めた。
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