27話 男たちの密談 3
「ダンゼル公爵が狙っているのは、麦だけではありません。王家そのものです」
「どういう意味だ?」
「平民の新たな婚約者を、ダンゼル公爵家の養女とするそうです」
「ふむ。よくある手だな。本来であれば庶子ということにでもして引き取るのだが、今さらそういうことにもできぬか」
既にアネットが酒場の娘であったことは知れ渡っている。
庶子と偽るにしても、ダンゼル公爵が酒場の女との間に子供を作ったことになる。さすがにそれでは外聞が悪い。
だから養女にしたのだろうとレナートは納得した。
だが話はそこで終わりではなかった。
「ダンゼル公爵は、八年ほど前に前夫人の姦通を理由に離縁し、現夫人と再婚しております。その娘がちょうど八歳です」
「計算が合わぬな」
再婚してから子供ができたのであれば、妊娠している期間を考えれば、七歳になる。
再婚をする前から通じていたに違いない。
それなのに前夫人を姦通の責で離縁するなど、どの口がいうのだろう。
「側室の中で、娘を産んだものを正妻としたようです」
「娘を……? しかし、なぜ……。なるほど、そういうことか」
さすが、レナートはジェームズの言いたいことに気がついたようだ。
「平民の娘との子供は作らせず、自分の娘が結婚できる年齢になったら子供ができぬことを理由に離縁させ、王太子の妃として娶らせるということか」
現在、エドワードが十八歳で、ダンゼル公爵の娘が八歳。
今の二人を並ばせたなら、大人と子供だろう。
だがあと七年……いや、五年ほど経てば、二十三歳と十三歳になる。
確かに十の歳は離れているが、離れすぎということもない。
政略結婚であれば、それくらいの年齢差は当たり前にある。
「しかし、ダンゼル公爵の娘が生まれた頃には、既にバークレイ嬢が婚約者となっていたのではないか?」
「疫病が落ち着いた後、疲弊した国民には明るい話題が必要でしたから、王太子殿下の婚約者選びは早急に行われました。ダンゼル公爵家には釣り合う娘がおりませんでしたので、分家の娘を参加させました」
そこでエドワード自身が選んだのがマリアベルだ。
今ほどダンゼル公爵家の力が大きくなかったから、可能だったのだ。
もし今のような権力を握っていたならば、そもそも茶会など開かれず、当然のようにダンゼル公爵家の娘が生まれるのを待って、婚約者を選んだだろう。
王国の民がやっと喪服を脱げる頃に合わせて、王太子の婚約が発表された。
エドワードとマリアベルの婚約は、王国中に祝福されたのだ。
八公家の末席から筆頭公爵として躍り出たダンゼル公爵にとって、突然表舞台に現れたバークレイ侯爵家は目障りだっただろう。
八公家というのは、王国の三つの大公家と五つの公爵家のことだ。
大公位が世襲制である帝国と違い、王国の大公位は王族の直系が名乗る一代限りの称号なので、常に三大公家が揃うというわけではない。
現在の国王には同腹の弟は一人だけだったので、大公家は一つになる。
亡くなった王弟には疫病がはやる一年前に生まれた現在十一歳になる男子がいるが、その子供が大公家を継ぐことはできない。
いずれ断絶した公爵家のうちのいずれかを継承するだろうが、エドワードに男子が生まれるまでは王位継承権第二位を持っているので、そのまま大公家に籍を置いている。
王国は正式な結婚によって生まれた男子にのみ王位継承権があるので、エドワードの年の離れた妹姫には継承権がないのだ。
これが帝国であれば、男子優先長子相続制となるので、男子がいない場合のみ、女子が王位を継承できる。
そのため、帝国には何人か有名な女帝がいる。
「ダンゼル公爵の専横がひどいな……。王国にはまともな人材がいないのか?」
呆れたようなレナートに、ジェームズは眉間の皺をもみほぐしながら答える。
「王国では三つの大公家と五つの公爵家、合わせて八公家と呼ばれる家のものが王国の重職に就くのが習わしです。しかし十年前の疫病で、ダンゼル公爵家を除くすべての家の当主がお亡くなりになりました」
その言葉に、レナートは驚く。
八公家が揃っていないのは知っているし、当主が揃って若いのも知っている。
疫病で年長の当主が亡くなっているのも知ってはいたが、さすがにその当時は帝国も混乱していて、正確な情報は得られていなかった。
「いくら疫病がはやっていたとはいえ、多すぎではないか」
「王都は特に重症化するものが多かったのです。症状の軽いものは少し熱を出しただけで治るのですが、重症化すると体中に疱疹ができ、高熱に苦しんで亡くなりました」
「帝国でも、重症化するものはそのような症状が出た。しかし、そこまでの被害はなかったぞ」
それに早い段階でレナートの婚約者だった娘の主治医が薬を開発した。
確かにあれがなかったならば、もっと被害は甚大だっただろう。
「ただちに王弟殿下が王都を封鎖し、王都からの移動を禁じました。陛下たちのご一家と王弟妃殿下は、離宮へと避難なさいましたが、王弟殿下は陣頭で指揮をとり、病にお斃れになりました。その王弟殿下と共に王都で尽力していたのが、ダンゼル公爵以外の家です」
「なぜダンゼル公爵だけ疫病を免れたのだ?」
「ちょうど交易で、中央諸国を訪れていたそうです。戻って来た時には既に王都は封鎖されていましたが、その際にモルヴィア共和国で開発された治療薬をお持ちになり、それで疫病が終息しました」
「偶然にしてはできすぎているな」
顎に手を当てるレナートに、ジェームズは深く頷く。
ジェームズは再び喉を潤そうと、少し冷めた茶を口にした。
「ですが、筆頭公爵家となったダンゼル公爵家に物申せる家はありませんでした。どの家も、疫病による領地の復興に力を入れなければなりませんでしたから」
ジェームズは「それでも」と言葉を繋ぐ。
「それでも、心ある家はこのままではいけないと、エドワード王子に期待していたのですが、陛下も王妃殿下も一人息子であった王子を甘やかすばかりで……。教育係もなんとか数人はこちらの手のものを入れましたが、完璧な教育とは言い難く……。それで、マリアベルに負担をかけてしまいました」
ジェームズは後悔の色を隠さなかった。
王国のためとはいえ、マリアベルに重責を負わせていたのは事実だ。
必死に応えてくれてはいたが、その結果があれでは……。
「しかしダンゼル公爵は、国王の外戚となる野望を捨ててはいませんでした。エドワード王子を篭絡すべく、公爵の娘が育つまでのつなぎとして、何人かの娘を仕込んでいたのです。そちらは把握していたので、阻止する予定でしたが、まさか王子自身が酒場の娘を見初めるとは思いませんでした。ダンゼル公爵がこの好機を逃すはずがありません」
「つまりエドワード王子は、ダンゼル公爵の企みに、自分から乗ってしまったというわけか」
「皮肉なものです。我々が必死で遠ざけていた災いを、王太子自らが引き寄せてしまったのですから……」
「皮肉なこと、か……。だが、それも運命だろう。エドワード王子は、自ら破滅の運命を引き寄せたのだ」
そう言ってレナートはニヤリと笑った。
「実はな、俺は運命という言葉があまり好きではない」
「それは意外ですな」
ではマリアベルとの出会いを運命というのは何なのだろうか。
ジェームズはそう思ったが、この短い間にもレナートの人となりは分かってきている。
きっと話に続きがあるのだろう。
「運命というのは、張り巡らされた幾筋もの道だ。もちろんあらがえないような道もあろう。だがその手前にはかならず、自分で選べる道があるはずだ。選んだ選択肢の結果が、そのもの自身の運命だ。運命とは、自分でつかみとるものだ」
断言するレナートの目は、力強い。
ジェームズは笑みをこぼした。
「その調子で娘もつかまえますか?」
「生涯大切にすると誓おう」
未来を自らの力で手繰り寄せる男たちは、お互いに顔を見合わせて、笑った。
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