26話 男たちの密談 2
「確かにこの土地をマリアベルの持参金の一部として手放すのであれば、王国に対して説明が必要でしょう。ですがいずれ殿下と娘の間に姫が生まれ、王国の世継ぎと婚姻するならば、その際の持参金として戻ってくるのですから問題はないでしょう」
ジェームズの言葉に、レナートは「問題だらけだな」と苦笑した。
「そもそも、俺に娘ができたとして。あの二人の間の子供が、娘を託すに足る人物に育つと思うか? バークレイ卿だったら、どうする」
「確かに、エドワード殿下の血を受けついだ相手との結婚は、不幸を招くかもしれませんね。結婚してから真実の愛を見つけてしまう可能性がある」
ジェームズも、最初は突然の婚約破棄に怒り心頭であったが、今になってみると、結婚してから真に愛するものができたと言われてないがしろにされるよりも、まだマシだったかもしれない。
いずれにしてもその所業が最低であることに変わりはないのだが。
「だとすれば、卿の狙いはどこにある?」
レナートはそう言ってジェームズから目を逸らさない。
しばらく無言のままでいたジェームズは、ふうと息を吐くと、肩の力を抜いた。
「単純な話ですよ、殿下。バークレイ家が存続するための保険です」
「……そこまで事態がひっ迫しているのか?」
いぶかし気に聞くレナートに、ジェームズは軽く肩をすくめた。
「さて、それは殿下もよくご存じなのでは」
「バークレイ家やそれに近い家の倉には、なかなか頑丈な鍵がかかっていてな。よその倉のように易々とネズミが入りこめん」
「誉め言葉として受け取っておきましょう」
ジェームズは、用意された紅茶を飲んで喉を潤した。
この先のこれからの会談は、バークレイ家の未来を左右することになる。
ジェームズは言葉を選びながら説明を始めた。
「実は、下賜された鉱山では良質なサファイアが採れるものの、その鉱脈はそれほど大きくなく、王女殿下の降嫁の折りには既にその採掘量は下降の一途をたどっておりました。しかし……先日、新たにルビーの鉱脈が見つかりました」
「王家に報告は?」
「その矢先に婚約破棄騒動が起こりましてな。まだ報告はしておりません。が、王太子との結婚の際には持参金として王家に土地をお返しする予定でしたので、あちらの手のものが鉱山には何人かおります。おそらく既に伝わっていることでしょう」
レナートはそれを聞いて、自分が王国のものだったならどうするだろうかと考えた。
婚約破棄をした以上、バークレイ侯爵家は王家への忠誠を失うだろう。
だが今でさえ穀倉地帯を治め富裕な侯爵家が、さらに富むのを良しとはしない。
しかも婚約破棄の賠償として、鉱山と領地との道までつないでしまった。
となると、どうにかして瑕疵を見つけ、力を削がなければならない。
見つからないならばねつ造するのも手だ。その罪によって地位を落としてしまえば、逆らおうにも逆らえまい。
その結果、バークレイ侯爵の派閥は王家を見放すかもしれないが、他に頼れる先があるならばどうだろう。
「王家はバークレイ家から鉱山を取り上げようとするだろうな。さしずめ、ルビーの鉱脈を発見した報告を隠蔽した罪あたりか」
「ええ。しかも娘が帝国の妃となるのです。国家転覆の罪を着せられてもおかしくはない」
国家転覆罪となれば大罪だ。
一族郎党が死罪となって、バークレイ家は滅亡するだろう。
レナートはジェームズの危惧が正しいことを理解したが、それでもマリアベルを妃にするのをやめるとは言わなかった。
「元々、帝国貴族の方との縁を繋げる際に、土地を持たせようと思っていました。いざとなれば、妻子だけでもそこに逃がせます」
貴族の娘が他国に嫁いだ時に持参金として土地を譲られた場合は、そこは少し特殊な扱いになる。
税は元の国に納めるが、法規は嫁ぎ先に準じる。つまり、一種の治外法権のような場所になるのだ。
「なるほど。つまりどうせ罪に問われるならば、最初から逃げる先を広くしておこうというわけだな」
「王家が鉱山だけで満足するなら良いのですがね」
それならば、バークレイ家は次代の王家を支えていこうと思っている。
だが、おそらくそうはなるまいとジェームズは確信している。
なぜならば……。
「無理だろうな。ダンゼル公爵の横槍が入る」
王国の情勢を良く知っているレナートが、ジェームズと同じ予想を口にした。
「王国の食料を一手に担えるようになりますからな。この機を利用しないはずはないでしょう」
バークレイ産の麦と、輸入による麦と。
どちらも押さえてしまえば、ダンゼル公爵の思い通りに値がつけられる。
王国は、民衆の知らぬうちに陰の支配者を得ることになるのだ。
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