24話 運命の再会
マリアベルたちが直轄地からここまで、観光しがてらゆっくりと馬車を走らせてきたといっても、再会を約束した一カ月まではまだ一週間以上もある。
なのに、なぜレナートがここにいるのだろう。
驚いて見上げるマリアベルは、思ったよりもかがみこんでいるレナートの顔が近いのに気がついて、後ろに下がろうとした。
だが背中には本棚があって、それ以上は後ろに行けない。
横にずれようにも、レナートの左手は書棚についていて、右手は本を持ったままマリアベルの体の左側にある。
つまり、はたから見ると、レナートに閉じこめられているようなものだ。
それに気がついて、ポンっと火がついたように真っ赤になったマリアベルは、その体勢のまま固まった。
そして、顔を赤くして潤んだような目でマリアベルから見上げられたレナートも、固まった。
二人の間に流れる空気は、何ともいえず、甘酸っぱい。
「はいはいはいはーい。バークレイ卿が噴火寸前ですから、もう少し離れましょうねぇ」
その甘い雰囲気を壊すように、カルロがレナートの襟をつかんで引き寄せた。
数歩後ろに下がったレナートは、カルロの手を払って、どうして邪魔をするんだとばかりに睨む。
「いや、殿下。麗しのバークレイ嬢と再会して嬉しいのは分かりますけど、まだ正式な婚約前なんですからね。慎みを持ちましょう、慎みを」
「分かっている」
むすっとした表情で答えたレナートは、姿勢を正すと、本を左手に持ちかえ、右手でマリアベルの手を取った。
「バークレイ嬢、会いたかった」
そして手の甲に、触れるか触れないかの挨拶のキスを贈る。
マリアベルの顔がさらに赤くなった。
「あの……、殿下、なぜここに?」
「あなたとの再会を待ちきれなかった。フィデロ伯爵、先ぶれもなくすまない」
「はっ、……いえ、その……おいでになるのは、まだ先の予定でしたのでは……」
突然レナートがやってきて、フィデロ伯爵は滝のような汗を流している。というか、まるで頭から水をかぶったような有様だ。
「そのつもりだったが、一週間程度、誤差であろう。ああ、ここには執事長に案内してもらった。最初は俺が皇太子だと分からずに止められたが、後ろにいる親衛隊の服を見て理解してくれたようだ」
もしかしてそれは、執事長を脅してここに来たということでは、と、その場にいた誰もがそう思った。
「俺が来るとは知らなかったのだ。不敬にはせぬから、安心するがいい」
爽やかに笑うが、問題はそこではない。
そもそも今回の訪問は、一応フィデロ伯爵には内密でということで伝えられていた。
最初はとても驚いたが、婚約者が亡くなったばかりとはいえ、新しく婚約者にと望んだのはフィデロ伯爵の縁戚だ。
しかもその令嬢は、王国の王太子妃にと望まれながら、理不尽な婚約破棄をされてしまったのだという。
そこで恋愛小説が大好きなテレーゼ・フィデロは、まるで物語のようなお話ではないかと感動した。
全面的に協力することにしたのだが、出会いをより劇的にするには、偶然の再会でなければならない。
そのおぜん立てをしていたのだが、まさかこんなに早く、しかも何の知らせもなく突然図書室に現れるとは思わなかった。
「あなたも俺に会いたいと思っていてくれたなら嬉しい」
甘やかに微笑むレナートに、マリアベルは失神寸前だ。
「勘弁してくださいよ、殿下。バークレイ卿から殺気が漏れてきてますよー。ほら、見てくださいよ」
カルロはおどけて言うが、あながち冗談というわけでもない。
にこやかな笑みを浮かべてはいるものの、目がまったく笑っていないジェームズが、無言のままマリアベルをレナートから引き離した。
「失礼した、バークレイ卿。つい気が逸った」
「……殿下はいつも女性とはこのように距離が近いのですかな?」
「まさか。もちろん適切な距離を保っている」
だが納得していないようなジェームズの視線に、カルロが慌ててレナートの代わりに弁解をする。
「一応婚約者持ちだったので、今までは誤解されないように女性を一切近づけてこなかったんですよね。婚約者だったかたは大抵ベッドに寝たきりでしたから、お会いする機会もなかなかありませんでしたし……」
確かに、いくら婚約者といえども、男性が女性の寝室を訪ねることはできないだろう。
しかしレナートは、皇太子という地位にあり、なおかつこの端正な顔立ちだ。
うまくすれば、病弱な婚約者からその地位を奪えると考えて積極的に迫ってきた令嬢がたくさんいたに違いない。
もしくは遊びでもいいからという未亡人の誘惑が、必ずあったはずだ。
「もちろんあんまり純粋培養だとハニートラップに引っかかる恐れがありますから、適度なお付き合いまでは推奨していたんですけど……、まあなんていうか、殿下はこの手のことに関してはとても潔癖で……」
「責任を取るつもりがないのに、手を出すわけがないだろう」
きっぱりと言い切るレナートに、ジェームズは少し態度を和らげた。
「だからお相手がバークレイ嬢で良かったですよ。もし仮に相手が平民だったなら、王国の二の舞です」
「それは有り得んな。民は俺の子供のようなものだ。子供の無邪気さに惹かれることもあるだろうが、子供相手に本気で愛をささやくものはいないだろう? それに皇妃とは、皇帝の隣でただ微笑むだけのお飾りとしてそこにいればいいというわけではない。高い身分にはそれに伴う責務がある。それを平民が担えるとは思えん」
カルロの冗談を、レナートはきっぱりと否定した。
「いずれ、かの国の王子も、自分が何を手放したのか知るだろうさ。もっとも、その時には俺の妃になっているだろうからもう遅いがな」
そう言って、レナートは愛おしい相手を見る目でマリアベルを見つめた。
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