21話 思いをこめて
会食の後、多忙なレナートはそのまま皇都へと戻っていった。
帝国の皇太子ともなれば、その予定はびっしりと詰まっていることだろう。
本来であればマリアベルとの婚約も、使者による手紙でも良かったはずだ。
それなのにわざわざ時間を作って会いにきてくれたという事実が、レナートの誠実さの表れのように思えて、マリアベルには嬉しかった。
帝国とバークレイ産の麦の取引、及びレナートとマリアベルの婚姻に際する条件については、予定されている二人の運命の出会いの前に条件を詰めることになっている。
ジェームズは思ったよりも長くなりそうな帝国での滞在に、領地で待っている妻と息子へ手紙で指示を送った。
もちろんレナートのことは書かない。
というか、書けない。
マリアベルを連れてフィデロ伯爵家を訪れる旨だけを書いたが、いきなりの予定の変更に、何かあったと察してくれるだろう。
皇太子直轄地からフィデロ伯爵家までは、馬車で一週間ほどの距離にある。
一か月後の運命の再会まではまだ時間があるので、せっかくだからとゆっくり向かうことになった。
宿でマリアベルの支度をしてくれた侍女たちは、そのままマリアベルと一緒にフィデロ伯爵家へと向かってくれる。
その間に、マリアベルは帝国独自のマナーなどを教えてもらった。
妃教育として色々教わってはいたが、やはりその地に暮らさなければ分からないこともある。
だが以前の妃教育と違って実践で教えてもらうので、マリアベルは想像していたよりもはるかに楽しく学ぶことができた。
元々王国で完璧な淑女と呼ばれていたマリアベルは、教える側の侍女たちが驚くほど、またたく間に知識を吸収していく。
宿で支度してくれた時には終始無言だった侍女たちは、意外なことに明るくて朗らかな女性ばかりだった。
あの時は、レナートの強行軍につきあわされてヘトヘトだった上に、急いでマリアベルの支度を調えなければいけないということで、お喋りをする余裕もなかっただけらしい。
けれどもさすがにレナートの選んだ侍女たちだけあって、その気配りは完璧だった。
マリアベルが王国から連れてきた侍女たちには、宿にいたのが帝国の皇太子であるということをまだ知らせていないので、そこは伏せた上で、彼女たちとも仲良くしているようだった。
今まで王国から出たことのないマリアベルにとって、巨大な帝国はなんとなく恐ろしい存在のように感じられていた。
直接知ることはなくとも、帝国から運ばれてくるお茶や砂糖や工芸品が、その国力の高さを表していた。
けれどこうして実際に訪れる帝国は、どの町も花に囲まれ、陽気な人々の暮らしている穏やかな国だ。
花祭りで必要になるからか街には必ず花畑があって、そこに咲く赤い薔薇を見るたび、マリアベルはレナートからの求婚を思い出しては、頬を染めていた。
その時にレナートから捧げられた薔薇は、思い出の品としてドライフラワーにして大切に取って眺めている。
途中の街で買ったガラスケースに入れた薔薇は、もらった時よりも色味が濃くなったものの、花びらを落とすことなくマリアベルの心をずっと温めてくれている。
帽子に飾られていた赤と白の薔薇は、花びらだけを集めてレナートとおそろいになるサシェを作った。
さすがに移動中の馬車の中ではできないが、宿について休むまでの間に、サシェの布に刺繍を刺す。
レナートに渡すサシェには、帝国の紋章である、剣を踏み槍を掲げる黄金の獅子に、赤い薔薇のモチーフを入れこんだ。
自分のサシェの図案をどうしようかと考えたけれど、バークレイ侯爵家を表す麦と、赤い薔薇がクロスする模様にした。
一針、一針、糸を刺していくうちに、再会する日が近づいてくるような気がして、自然と笑みを浮かべているのを、マリアベルだけが気づいていなかった。
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