2話 知らされていなかった婚約破棄
エドワードから婚約破棄の話を聞いたマリアベルは、そのまま屋敷へと戻った。
既に王家から知らせを受けた屋敷は、突然のことに騒然としていた。
ということは、根回しも何もなかったのだ。
王家の、しかも王太子の婚約となれば、エドワード一人の気持ちだけでどうにかなるものではない。
そもそもマリアベルとの婚約も、強い後ろ盾のないエドワードに、国内有数の資産家であるバークレイ侯爵家との繋がりを求めたものだ。
同じ侯爵家とはいえ、北の痩せた土地を治める王妃の実家と、南の穀倉地帯を治めるバークレイ侯爵家とでは、雲泥の差がある。
結婚の際にマリアベルがもたらす持参金も、王家にとって魅力的だったのだろう。
そうして結ばれた婚約だったのだから、破棄するのであれば十分な根回しと、父であるバークレイ侯爵の同意を得ているのだとマリアベルは思っていた。
だが屋敷内の様子を見るとそうではなかったようだ。
マリアベルが帰宅すると、すぐに父のジェームズも帰宅して、マリアベルを呼び出す。
まだ王宮に行った時のままの服であったが、マリアベルは着替えもせずに急いで書斎へ向かった。
「お父さま……」
書斎の重厚な机の奥に座る父は、眉間に皺を寄せて目をつぶっていた。
日頃温厚な父の険しい顔に、マリアベルはおずおずと声をかける。
ジェームズは目を開けてマリアベルの姿を認めると、険しい表情のまま「こちらへ座りなさい」と促した。
マリアベルが対面に座ると、ジェームズは重く息を吐いた。
「王家より、婚約を破棄する旨の意向を聞いた。マリアベルも承知したとのことだが、本当かね」
父の言葉に、マリアベルは頷く。
両親の期待を裏切ってしまった……。
そう思うと、顔を上げられなくなってしまう。
マリアベルが婚約者として選ばれてからというもの、マリアベルの父と母はバークレイ侯爵家から初めて王妃を輩出することができる名誉に大喜びしていた。
何代か前にバークレイ家の若き当主と恋に落ちた側室を母に持つ王女が降嫁して、家格は伯爵家から侯爵家へと上がったが、肥沃な穀物地帯を治めるバークレイ家への妬みもあり、未だに成り上がりだと陰口を叩かれることが多い。
だがマリアベルが王妃となれば、バークレイ侯爵家は押しも押されもせぬ権勢を誇るだろう。
他にも婚約者候補がいたが、ジェームズはマリアベルを王太子の婚約者とするべく奔走した。
そしてめでたく婚約者に選ばれてからは、完璧な王妃となるべく、最上級の教師をつけて最高の教育を施した。
だからこそ、それが全部無駄になってしまって、マリアベルは申し訳なくて仕方がない。
帰りの馬車で、自分の何がいけなかったのだろうと自問自答したが、答えは出なかった。
「ああ。決してお前を責めているわけではないよ、マリアベル。お前はよくやっていた。……だが殿下にはそれが分からなかったらしい」
ジェームズの声にはマリアベルに対するいたわりの響きがあった。
思わず見上げると、いつもの優しい父の顔がある。
そのことに安堵したマリアベルは、今までいかに自分が神経を張り詰めていたのかに気がつく。
鼻の奥がツンとして、目にはみるみる涙が浮かんでくる。
ぽろぽろとこぼれる涙に、ああ、私は悲しかったのだ……と、マリアベルは、やっとそう、自覚した。
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