19話 俺は、あなたがいい
マリアベルの手を引いたレナートは、街のはずれへと向かった。
誰もいないその場所には、美しい薔薇の花畑があった。
中心に白い薔薇の花が咲いていて、そこから順番に濃い色へと変わっていく様はとても美しく、花を栽培するだけではなく見ても楽しめるようになっている。
マリアベルのすぐ側で、瑞々しく咲く赤い薔薇が揺れている。
マリアベルは思わず帽子に飾られている薔薇の花に触れた。
この薔薇も、ここで育てられたものだろうか。
「花祭りは、楽しめただろうか?」
「はい。とても」
「それは良かった」
そう言って微笑んだレナートは、右腰に刺していた短剣を鞘から抜き、近くにあった赤い薔薇を切りとる。
丁寧にトゲを取ったレナートは、跪いて一輪の薔薇をマリアベルに捧げた。
「このわずかな時間で俺の人となりを知るのは難しいだろう。だが俺は、妃に迎えるならば、マリアベル・バークレイ嬢、あなたがいい」
低い声がマリアベルの耳をくすぐる。
深い青の瞳は真摯で、マリアベルの心を揺さぶる。
エドワードからの突然の婚約破棄によって傷つき砕かれた心が、再び芽吹く。
信じてよいのだろうか。
心を捧げても……。
「あなただけを大切にすると誓おう。どうか俺の妃になってほしい」
「本当に、私で良いのでしょうか」
「俺は、あなたがいい」
マリアベルは震える指先を、レナートへと伸ばす。
そして捧げられた薔薇を、そっと胸に抱いた。
「謹んで、お受けいたします」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿に戻ると、レナートとマリアベルの距離の近さにジェームズは諦観したような表情を浮かべた。
応接室の隣には食堂がある。
レナートたち三人は食事をしながらこれからのことを話し合うことにした。
「正式な婚約発表は後になるが、二人には皇都まで来てもらいたい」
「理由をお伺いしても?」
それほど大きな街というわけではないが、宿の食事はなかなかのものだった。
特にホワイトジュレを添えた鴨のテリーヌは絶品で、さっぱりとした白ワインとともに食べると、食が進む。
「……最近、王国でとある劇がはやっていてな」
それを聞いたジェームズの眉がわずかに動く。
マリアベルには心当たりがないが、父はその内容を知っているのだろう。
「王子に見初められた平民の娘が、悪役令嬢の妨害に負けず、ついには王子と真実の愛で結ばれるという話だ。だが人気のある劇団が格安で公演していることもあって、案外民衆には受けているらしい」
「それは……」
言葉を失うマリアベルに、レナートは頷く。
「そうだ。王子の婚約破棄騒動を都合のいいように書き換えた話だな」
「まったくもって、くだらぬ話ですな」
ジェームズは憤りを隠そうともせずに吐き捨てる。
その話に出てくる悪役令嬢が誰かなどとは一目瞭然だ。
ジェームズは娘をどこまで馬鹿にするのかと、心の底から怒っていた。
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