18話 花祭り
小さな街はまさに色とりどりの花であふれていた。
ガレリア帝国では花祭りの時に結婚の申しこみをする人が多いのか、紫の薔薇を胸に挿す男性はレナートの他にも何人かいた。
胸に紫の薔薇の花を挿し、籠いっぱいの真っ赤な薔薇を抱えて道を急ぐ青年は、きっとこれから結婚の申しこみをしにいくのだろう。
通り過ぎる知り合いらしき人々に「やっと決心したか」「彼女も首を長くして待っているぞ」といってからかわれながら、足早に去っていく。
騎士姿のレナートも、まさかこの国の皇太子だとは思われていないのだろう。街の人たちから気軽に声援を受けていた。
それに手を振り返すレナートは、慣れた様子で街を歩いている。
マリアベルは、その足取りの確かさに、きっとレナートはこの街にくるのは初めてではないのだろうと思った。
一方のマリアベルは見るものすべてが珍しく、ついきょろきょろと辺りを見回してしまう。
花祭りの最中だからか、すれ違う人々の顔はどれも明るい。
それにつられて、マリアベルの気持ちも弾んできた。
はぐれないようにと手を繋ぎながら横を歩くレナートは、そんなマリアベルの様子を見て、微笑ましく思った。
あまり感情を出さないようにしているせいで一見冷たく見えるが、よく見るとその緑柱石のような目は、物珍し気にあちこち動いて、楽しそうに輝いている。
完璧な淑女と呼ばれていたことで、情のない高慢な女性でなければよいがと危惧していたが、実際に会ったマリアベルは年相応の素直な少女だった。
婚約者だった王太子とも適切な距離を保っていたのか、少し触れるだけで恥じらう姿も愛らしい。
レナートは、知れば知るほどマリアベルを好ましく思っていった。
「広場では音楽に合わせて踊れる。行ってみるか?」
「良いのですか?」
広場には人が大勢いる。
一応目立たないようにカルロや護衛たちがついてきているが、それでも危険ではないのだろうか。
「もちろん。あなた一人くらい、俺がちゃんと守ってみせるさ」
「そうではなく、殿下はご自分の身を第一に考えなければと……」
「ふむ。殿下などと言われるのは堅苦しくていかんな。かといって名前呼びもな。……そうだ。では、ここでは俺のことを、レオと呼んでくれ」
顔を覗きこむように言われて、その距離の近さにマリアベルは赤面してしまう。
「あの、それは……」
「あなたのことは、ベルと呼ぼう。なに、俺が皇太子だなどとバレはしないさ。それにこの街は小さいが俺の直轄地でな。治安は良いから、心配するな」
そう言って手を引かれる。
線の細いエドワードとは違い、鍛えているレナートは一見細身だが、しっかりと筋肉のついた体をしている。
頼りがいのある背中に、どこか安心してしまう。
マリアベルの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれるのも嬉しかった。
広場には既に大勢の人が集まっていた。
中央には楽師たちが陽気にバイオリンやフルートで音楽を奏でている。
流れているのは、テンポがよくリズミカルな曲だった。
「ベル、一緒に踊ろう」
「でも、私、初めて見る踊りです……」
ステップは単純だが、初めて見るのだ。
ちゃんと踊れるかどうか、マリアベルには自信がない。
「大丈夫。俺に任せればいいさ」
朗らかに笑うと、レナートはマリアベルと一緒に踊りの輪に入った。
始めはぎこちなかったマリアベルだが、妃教育の一環としてダンスの練習は欠かさなかった。
踊っている内に、誰よりも軽やかにステップを踏めるようになっていた。
レナートのリードで、クルクルと回ってターンする。
ささいなミスも許されなかった王宮のダンスとは違い、マリアベルはただ純粋に踊りを楽しんだ。
いつの間にか、周囲に人がいなくなり、レナートとマリアベルだけが踊っている。
そして曲が終わると、二人の見事な踊りに拍手喝采が送られた。
「よう兄ちゃん! すげえな、あんなダンス初めて見たぜ!」
「ほんとにな。見たことねえ顔だが、最近赴任してきた騎士様か? 彼女、美人だな。うまくいくといいな」
「ねえ、あなた。まるで背中に羽根が生えてるみたいだったわ。靴がいいのかしら。その靴、どこで買ったの?」
「帽子の薔薇の数が凄いわね。いいなぁ。私もそんな風に熱烈に告白されたい」
わっと周りを囲まれて、驚いたマリアベルをレナートが背中にかばう。
「みんな悪いがどいてくれないか。これから結婚の申しこみをするんだ」
そう言って、レナートは人々の輪からマリアベルを連れ出した。
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