17話 知るための時間
「今のお話で、殿下がとても誠実な方だというのは分かりました。ですが……まだ、その人となりを知りません。どうかそのための時間を、私に頂けませんか?」
レナートがどんな人なのかを知りたい。
そう思う時点で、マリアベルはレナートに魅かれ始めているのかもしれない。
「では……手始めに俺と花祭りに行かないか?」
立ち上がったレナートが、マリアベルに手を差し出す。
つられて立ち上がり思わず手を重ねてしまったマリアベルは、初めて触れる、男性の固い手の平に、びくりと身を震わせた。
逃げようとしたマリアベルの細い手を、男らしい骨ばった手がしっかりとつかまえる。
「本当はもっと時間をかけてお互いを知るべきなのだろう。あなたの心は未だ傷ついていて、すぐに新しい相手を選ぶ気にはならないのは、よく分かる。だが残念ながら、俺にはそれだけの時間を与えてあげることができない」
テーブル越しに触れあうレナートの手はとても温かい。
その温もりに恥ずかしさを覚えて、マリアベルの顔は真っ赤になっていた。
そもそも、父以外の男の人とこんな風に触れ合うのさえ初めてなのだ。
婚約者であったエドワードも、エスコートの時に腕を組むだけだった。
「どうか、俺を知って、共に愛を育んでほしい」
「愛を……?」
「そうだ。今すぐにとは言わない。だが時間をかけてお互いを知り合って。そして互いに唯一無二の存在になれればいいと思う。あなたとならそれができると確信している」
「なぜそんな確信ができるのです」
「運命だと思ったからだ。この日、この時、このタイミングで、俺の妃としてふさわしい女性はバークレイ嬢しかいなかった。これを運命と言わずして、なんという?」
「運命……」
「それに、真実の愛より運命の愛のほうが、ドラマチックだとは思わないか?」
おどけたような口調だが、その眼差しは真剣だ。
マリアベルは、思わずその瞳の深い青に、魅入ってしまう。
そこへ「ゴホンゴホン」とわざとらしい咳払いの音が響いた。
「殿下、父親の目の前で娘を口説かないで頂きたい」
マリアベルがハッと我に返って隣を見ると、眉間に皺を寄せた父の姿がある。
マリアベルはすぐに手を離し、その手を後ろに隠した。
ジェームズは、ドレスの後ろに回されたマリアベルの手を苦々しい表情で見ると、再び咳払いをした後に立ち上がる。
「いずれにせよ、旅装のままですので着替えさせてやってください。侍女にすぐ支度をさせましょう」
「それならばこちらで用意してある。こちらへ」
応接室を出て、寄木細工の美しい模様の廊下を進むと、扉が二つあった。
そのうちの一つを開けると、中には数人の侍女が待機していた。
「では頼む」
そう言ってレナートが扉を閉めると、マリアベルはすぐに侍女たちによって浴室に連れていかれ、軽く汗を流すと、質はいいが飾りのないシンプルな衣装を着せられ、薄い化粧を施される。
あっという間に支度が整い、レナートと父の待つ応接室に戻れば、見たことのない娘の姿に目を見開くジェームズの姿があった。
「ただの町娘に見せようと思っても、バークレイ嬢の気品は隠せないからな。貴族の子女のお忍び風に見える服装にしてみた」
そう言ってレナートはマリアベルの隣に立つ。
そして控えるカルロからつばの広い帽子を受け取って、マリアベルの頭に被せた。
帽子には赤と白の薔薇の生花が、たっぷりと飾られている。
対するレナートは帽子をかぶっておらず、胸元に一輪の紫の薔薇を差していた。
花祭りで帽子に飾る花の色には意味がある。
建国の祝いには白い花、家族や友人には黄色い花、そして恋人には赤い花だ。
これはどういう意味だろうとレナートを見上げると、その視線に気がついたレナートが、胸元の紫の薔薇を指先で優しくなでる。
「花祭りで飾る花は基本的には造花を使うが、生花の場合はまた別の意味を持つ。この一輪の紫の薔薇は『求婚中』で、赤い薔薇の花は『恋人になってください』という意味だ」
「つまり殿下とバークレイ嬢が並んでいれば、殿下が熱烈に求婚中なので他の男は寄ってくるなという牽制になります」
身も蓋もないカルロの説明に、レナートは「お前、雰囲気ってものを考えろよ」と文句を言っていた。
「口説いてる女性の父親の目の前で雰囲気を作ってどうするんですか。それよりもそろそろ行きますよ。時間は有限です」
そう言ってカルロは男性用の帽子をひょいと被る。
白い造花で埋めつくされたその帽子は、案外カルロに似合っていた。
「私はここに残っているよ。楽しんできなさい」
なんとも複雑そうな顔をしたジェームズに見送られ、マリアベルはレナートと共に花祭りへと向かった。
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