14話 皇太子の提案
「さらに王国からの横やりも無視できる相手であれば、なお良かろう」
「まったく、その通りでございます」
レナートの問いに、ジェームズは警戒の色を隠さずに答える。
だがそんな様子も意に介さず、レナートは深い海の色の目をマリアベルに向けた。
「さて。バークレイ卿の希望は聞いた。ではご息女は、自分の結婚相手にどのような条件をつけるのだ?」
「私、ですか……?」
急に話を振られたマリアベルは、驚いて口ごもる。
もしも自分で結婚相手を選べるのであれば、愛する人と結ばれたい。
だが、愛とはなんだろうか。
愛がなにかも分からないマリアベルに、人を愛することなどできるのだろうか……?
「なるほど、いずれ王妃となるべく育てられた娘だ。そのようなことは考えたことがないのだろうな」
そう言うレナートの雰囲気が急に和らいだ。
マリアベルに向けられる瞳の色も、透明度のある青さになっているような気がする。
「では質問を変えよう。バークレイ嬢の理想の王妃とはどのようなものだ?」
「理想の王妃でしょうか。それは……」
レナートがどのような考えでこの質問をするのか分からない。
確かレナートには婚約者がいるはずだ。病弱であまり表に出てはいないが、そろそろ式を挙げるのだろうと言われている。
であれば、なぜかは分からないが、帝国の皇太子がわざわざマリアベルの相手を探してくれるということなのだろう。
しかし完全な善意というのは考えられない。
相手は大国の皇太子だ。きっと何らの思惑があるに違いない。
マリアベルは慎重に言葉を選んだ。
「伴侶たる国王陛下の心に寄り添い、支えてさしあげるのが理想の王妃と存じます」
「それだけか?」
「政において、国王陛下のお力になることも必要でございます。また宮中をよく掌握し、みなの手本になるべく、すべてに完璧であらねばならないと思っております」
マリアベルはダドリー夫人に教えられた、妃の心得をそらんじる。
何度も教えられたその言葉は、マリアベルの目標として胸に刻まれていた。
「なるほどな。しかしそれでは国王も完璧でなければ釣り合いが取れぬのではないか」
「いえ。国王陛下が不得手なところを妃が補えばよろしいので、陛下は完璧でなくても――」
そこでマリアベルは言葉を止める。
今まで疑問に思ったことはなかったが、なぜ国王は完璧でなくとも良くて、王妃は完璧でないといけないのだろうか。
現国王と現王妃を見ても、申し訳ないが、どちらも完璧な人間だとは思えない。
そもそも、完璧な人間など、この世には存在しないのではないだろうか。
それでも国の頂点である国王と王妃は、民の手本となるべく、完璧であろうと努力するのではないだろうか。
目の前にいるレナートは、智略に通じ武勇に優れていると聞く。
天賦の才だけでは、近隣の国にその名が広く伝わるはずもないだろう。きっと人知れず努力をしているのだ。
マリアベルも「完璧な淑女」と呼ばれていたが、それは血のにじむ努力の結果だ。
マリアベルは、婚約者だったエドワードはどうだっただろうか、と思い出してみる。
幼い頃から文武に優れているとは言われていたが、レナートのように諸国にその名が知られるほどではない。
何事もすぐにできてしまうからか、必死で努力する姿を見たことはない。
諸国の言葉を覚えるのは早かったが、その国独自の言い回しや風土などには興味を示さなかった。
その分はマリアベルが補佐をすれば良いと思っていたが……。
もしかしてそれは、間違っていたのだろうか。
「王といえど、完璧である必要はない。もちろん妃もだ。だが民の手本であろうとするその心意気は、素晴らしいものだと思う」
「……ありがとうございます」
レナートにほめられはしたが、やはり今までのマリアベルは間違っていたということだ。
だから、きっとエドワードも……。
またもや陰鬱な気持ちになってしまったマリアベルは、思わず下を向いた。
だがレナートは今までの重い雰囲気が嘘だったかのように、一転して明るい声をあげる。
「なるほど、カルロが推薦するはずだ。まさしく王妃の器だな」
レナートが破顔して後ろを向くと、生真面目そうな青年がにっこりと笑った。
レナートの側近で副官の、カルロ・コルネリウスだ。
「このタイミングでバークレイ卿がこちらに打診をしてくださったのは、まさに天啓ですね。本当に素晴らしいタイミングです」
「よし、俺はバークレイ嬢に決めた。さっそく話を進めよう」
「殿下。その前に、お二方にきちんと説明をなさるのが先です」
突然会話を始めた帝国の主従に、マリアベルもジェームズも呆気に取られるしかない。
何を言っているのか分からない二人の前で、レナートは破顔したまま口を開いた。
「つまりだな、マリアベル・バークレイ嬢を、我が妃として迎え入れたいということだ」
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