12話 出会い
初めて訪れるガレリア帝国は、帝都から遠く離れた小さな街ですら、色とりどりの花に囲まれていてとても美しかった。
街の入り口も生花で飾られ、街の人が枯れかけた花を新しい花に替えていた。
レンガで舗装された道を馬車で走りながら視線を上げると、二階の窓にもプランターを置いて様々な花を栽培しているのが見える。
今は特に花祭りの最中だからか、街全体が美しい花で飾られていた。
「まあ、なんて綺麗……」
嬉しそうに窓の外を眺めるマリアベルに、父のジェームズは安堵の息を吐いた。
だいぶ元気になったものの、以前よりも痩せてしまったマリアベルに、家族全員が心配していたのだ。
「お母さまたちも一緒なら良かったのに……」
マリアベルは領地にいる母と兄を思って、少し申し訳ない気持ちになった。
てっきり家族全員で花祭りに行くのだと思っていたが、よく考えれば他国に行くのだから、それは無理だ。
バークレイ侯爵家の人間が誰か一人国に残っていなければ、最悪、亡命を疑われてしまう。
そんなことも思いつかなかったほど、初めて外国に行くということに浮かれていたらしいと、マリアベルは反省した。
本来は兄だけでも王都に残っていなければいけないはずだが、社交シーズンが始まる頃だというのに父と一緒に帰ってきたのには、何か理由があるのだろう。
だがマリアベルはあえて何も聞かなかった。
自然と耳に入ってくる噂である程度の推測はできるが、しょせん噂は噂にすぎない。
きっといつか、知る必要のある時になったら教えてもらえるはずだ。
「ガレリアの花祭りがどんなものか知っているか?」
馬車の向かいに座るジェームズに聞かれて、マリアベルはかつて教わったことを思い出す。
「男の方も女の方も目の粗い帽子をかぶって、そこに造花を差して飾るのですよね?」
「もらった花を飾るのだ。昔は造花ではなくて本物の花を飾っていたらしいが、すぐに萎れてしまうから、今のような造花に変わったらしい。一見、普通の花のように見えるものもあるから、なかなか見ごたえがあるぞ」
「では、お父さまの帽子には、本物そっくりのお花をプレゼントいたしますわ」
「……この年で花だらけの帽子を被りたくはないから、一本だけでいい」
苦虫をかみつぶしたような顔をしたジェームズは、貴族らしく整った顔立ちをしている。
花で飾られた帽子を被っても、案外似合いそうだとマリアベルは思ったが、口には出さなかった。
「渡す花の色には意味があるんですよね」
「そうだな。建国の祝いには白い花、家族や友人には黄色い花、そして恋人には赤い花だ」
「ではお父さまの帽子には、たくさんの黄色い花を飾らなければ」
「……ほどほどにな」
マリアベルは、宿に着いたらさっそく黄色い花を集めなければと、いつの間にか自分でも知らないうちに微笑みを浮かべていた。
ジェームズはその様子を見て、安心する。
この旅行には意味がある。
もちろんマリアベルの心を癒すためというのもあるが、娘を王国内に置いておきたくはないという思いもある。
王太子であるエドワードの突然の婚約破棄は、当然のことながら、王宮を混乱の渦に巻きこんだ。
あらかじめ聞いていれば撤回させるように根回しをすることができたが、ジェームズがその話を国王から聞いたのは、マリアベルがエドワードから婚約破棄をされる直前だ。
仮にも当事者の父であるジェームズがそこまで何も聞かされていなかったのは、バークレイ侯爵家と対立しているダンゼル公爵家による工作のせいだ。
ダンゼル公爵家は貿易を盛んに行っていて、バークレイ侯爵家よりも質が落ちるが、安価な西国の麦をもっと輸入するように国王に働きかけていた。
ジェームズは主食となる麦を輸入に頼ってはならないと主張していたが、国王は民が安い麦を買えるようになれば暮らしやすくなるだろうと、安易にダンゼル公爵の案を支持していた。
国内での消費が落ちればバークレイ侯爵家も多少の打撃は受けるが、そうなればガレリア帝国との取引を始めればいい。
今回はそのあたりの話も、帝国側と極秘に始めようと思っている。
けれどそちらはついでのようなものだ。
王宮は様々な思惑が入り乱れて紛糾し、収拾がつかない。
エドワードが新しく婚約者にと望んだ平民の娘は、未だ妃教育が進まず、ついにはダドリー夫人が体調を崩したということで王宮を辞した。
だが実際は、厳しく注意するダドリー夫人に耐えきれず、アネットがエドワードに泣きついて辞めさせたのだ。
今や王宮には、甘言を弄するものしか残っていない。
中には、どうしてもアネットを王妃にしたいのであれば、政務を任せられるマリアベルを側室にするべきだというものもいるくらいだ。
さすがに国王もそれは否定したが、マリアベルを一度誰かと結婚をさせてから離縁させ、一度でも結婚歴のある女性は王妃にはなれないという王国法を元に、正式な妃ではなく側室にすればよいのだという意見に、わずかでも心が傾いたのをジェームズは感じた。
その後すぐに、エドワードの側近のサイモン・レントがマリアベルへの求婚の許可を求めにきた。
エドワードも「真実の愛を見つけた」といってマリアベルと婚約破棄をしたのだから、今さら無神経にも側室になれなどとは言わないだろうが、今の王宮では何があるか分からない。
サイモンの求婚にも何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
それにエドワードは素直といえば聞こえは良いが、少し他人の意見に流されやすいところがある。
マリアベルもその方が幸せだなどと吹きこまれては、たまったものではない。
だから、妻と嫡男は領地へ引きこもらせ、マリアベルは帝国に連れてきたのだ。
マリアベルとジェームズが乗る馬車は、やがて街の中で一番大きな宿屋へと到着した。
先に下りたジェームズの手を取ったマリアベルは、父の後ろに見覚えのない人物が立っているのに気がついた。
黒髪に青い目の背の高い騎士は、マリアベルと目が合うと、ほんの少しだけ目元を緩めた。
帝国から派遣された騎士様だろうか……。
その美貌に一瞬目を奪われたマリアベルだが、きっと後で父から紹介されるだろうとそのまま宿へと足を進めた。
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