10話 ふさわしい相手
「――。――――、バークレイ嬢も、そう思うだろう?」
そんなことをぼんやりと考えていたからか、マリアベルはエドワードの言葉を聞きそびれてしまっていた。
突然話を振られたが、会話の前の話をよく聞いていなかったので、内容が分からない。
「あ……。失礼いたしました、殿下。今なんとおっしゃいまして?」
「だから、もう一度言うけれど、君は僕の大切な幼馴染だから、絶対に幸せになって欲しいと思っているんだ」
「……さようでございますか。ありがとうございます」
幸せとはなんだろうと、マリアベルは考える。
かつては王となったエドワードの隣に立ち、彼を助け、彼を愛するのが幸せだと考えていた。
というよりも、王太子の婚約者であったマリアベルに、それ以外の道はなかった。
けれども今、その道は目の前にいるエドワード自身によって断たれてしまっている。
だからマリアベルには、自分が幸せになる未来というのが想像できない。
貴族の娘にとって、政略結婚は当たり前のことだ。
だがマリアベルと年頃が合いそうで、それなりの家格の嫡男となると、既に決まった婚約者がいることが多い。
十年ほど前に流行った疫病で、貴族ばかりか王族もその数をかなり減らしてしまった。
いずれは父のバークレイ侯爵がマリアベルに縁談を持ってくるだろうが、今から探すとなると良い相手が見つかるのかどうか……。
「君にも、ぜひ、愛する相手を見つけてほしい」
そう言ってエドワードは隣に座るアネットを愛おしげに見る。
見返すアネットの顔も、愛される喜びに輝いていた。
「そうですわね」
そう答えるしかないマリアベルは、いつになったらこのいたたまれない茶会が終わるのかと、ただそれだけを考えていた。
「そこで、どうだろう。僕の側近であるサイモンを紹介したいんだ。僕も信頼している、とても良い男なんだよ」
婚約者としてずっと一緒にいたマリアベルは、当然エドワードの側近たちの顔を知っている。
いずれも高位貴族の嫡男で、見目麗しい青年ばかりだ。
だが彼らには既に幼い頃に婚約を交わした相手がいる。
その中でたった一人だけ、婚約者を持たないものがいた。
それがエドワードの乳兄弟で、伯爵家の三男であるサイモンだ。
継ぐべき爵位は持っていないが、いずれエドワードが王位を継げば、側近としてそれなりの地位には就くことだろう。
そのサイモンに未だ婚約者がいないのは、伯爵家の三男であるというだけではなく、彼の容貌に原因がある。
十年前の流行病に罹った後遺症で、顔にひどいあばたの痕が残ってしまっているのだ。
そのせいでいつも下を向いていることが多く、陰鬱な印象のせいで女性からは敬遠されてしまっていた。
「バークレイ嬢なら、彼の人間性の良さを分かってくれると思っているんだ」
直接話した記憶はあまりないが、もちろんマリアベルもサイモンのことはよく知っている。
あまり自己主張をすることがなく、ひっそりと側に仕えている印象ではあるものの、エドワードが信頼するに足る人物なのは確かなのだろう。
だがたとえどんなに素晴らしい人物だったとしても、なぜ愛する相手を見つけてほしいと言う、その同じ口でサイモンを薦めてくるのだろう。
エドワードがアネットを見いだしたように、マリアベルが愛する相手は、マリアベル自身が選ぶべきだ。
「それは、王命ということでございますか?」
マリアベルは、今まで浮かべていた笑みを消し、胸の奥で思い出の欠片がひび割れる音に耳を傾けた。
初めてエドワードと会った時のこと。
婚約が決まり、お互いに少し照れながら手を取り合ったこと。
やがて二人で治める国の未来を、熱く語り合ったこと。
ずっと婚約者として側にいた。
燃えるような恋ではなかったけれど、大切な相手だと思っていた。
けれども、どこまでも自分勝手なエドワードに、マリアベルが胸の奥でゆっくりと育てていた愛情は、一つ、また一つと崩れ去り……。
そして一つ残らず、砕けて消えた。
エドワードは突然雰囲気の変わったマリアベルに驚いて、ひゅっと息を吸った。
それから慌てて否定する。
「いや、別にそういうわけではなく、マリアベルには幸せになって欲しいと思うから――」
「であれば、愛するかたは自分で見つけます。殿下に見繕ってもらわずとも結構です」
マリアベルはそう言って、体調がすぐれないので失礼いたしますと席を立った。
「マリアベル!」
呼び止めるエドワードの声に、マリアベルは決して振り向かなかった。
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