販売業見習い
「セルゲイさん、マリーさん、おはようございます」
「アオイ、おはよう」
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「はい。おかげさまで」
食卓にはパンとサラダとヨーグルト、それから紅茶が並んでいた。
日本での洋風の朝食と何ら変わらない。
紅茶はルーン王国からの輸入品。
ルーン王国では紅茶文化が根強いのだそうだ。
食後に紅茶を堪能しつつ、葵はぽつぽつと自身の考えを話し始めた。
「昨日あれから考えたんですけど……その、アウスト国の王族の方にご連絡するのはもう少し待ってもらえませんか?」
「何か考えがあるのか?」
是とも非とも言わずセルゲイは葵の様子を窺う。
マリーは昨日と変わらない笑顔で、黙ったまま葵を見ている。
「私はこの世界のことを知らなすぎます。これではまともに交渉もできません」
「一理ある。だが王家が異界の住人を利用しようとすることもないだろう」
「確かにセルゲイさんから見たらそうかもしれません。…でも、私はそれが自分で判断できない」
自分で判断し、決められなければ責任を取ることもできない。
失敗は許されない。初手が肝心なのだ。
深く息を吸ってから、なので、と言葉を続ける。
「まずはこの世界のまともな感覚を身に付けたいんです。ここで私に商売をさせてもらえませんか?」
「商売?」
「はい。自分の持ち物を売って元手を作って、商売をしたいんです。その中で、この世界の仕組みや金銭感覚、情報を集めたいと思っています。無一文で居座ってもご迷惑になりますから、その商売の中で利益を出して納めさせていただきます。…で、そのために輸入や販売に詳しいお2人に力を貸していただきたいんですが…」
無茶を言っている自覚はある。
見ず知らずの人間がいきなり住み込みの弟子入りを
志願するようなものだ。
「あらぁ、いいじゃありませんか。私は歓迎だわ」
「異界の住人はそんなに頻繁に現れるわけではないから、現れた際の対処は法律では決まってはいない。…とはいえこの世界にとっては要人だ。国に報告するのが暗黙の了解みたいになってる節はある」
「つまり、セルゲイさんも私のことを国に報告しなくてはいけないということですか?」
「…まぁ、かつて騎士団にいた身としてはな。だが、何の不運かこちらの世界に落ちて来てしまった異界の住人だ。基本的には本人の意志が尊重されるべきだろう」
「じゃあ…!」
「いいんじゃないか? こちらの世界で生きていく力をつけるのは悪くないことだ」
「ありがとうございます!」
葵はほっとしてお礼を言うと同時に
最終的にはきちんと国に名乗り出て、できればカイウス帝国で
元の世界に戻る方法を探すつもりだということも伝えた。
本来国をあげて歓迎するべき異界の住人を
自分たちのところで隠し続ける形になるのが
元騎士団のセルゲイにとっては多少後ろめたい部分があるのだろう。
先程は葵の想いだけを尊重して頷いてくれたようだが、
折を見て名乗り出るという話を聞いて安心してくれたようだ。
「まずは儂らの仕事を手伝ってもらおう。その中で、生活に必要なことは大体分かるだろう」
「はい! セルゲイさん、マリーさん、よろしくお願いします」
かくして、異世界での販売業見習いが始まったのだった。
まずはお手伝いから、お仕事スタートします!