夢は醒めない
色々な話をしても、食事をしても、夢は一向に醒めなかった。
こっそり手のひらに爪を食い込ませていたら
いつの間にか血が滲んでいた。
いよいよ、これは現実であるかもしれないと葵は思う。
急すぎる展開についていけず、
ゆっくりと考える時間が無かったのだ。
これが現実だと認めたくない気持ちもあった。
私だけが突然元いた世界から消えてしまったのか。
だとしたら、今頃家族や会社は大騒ぎだろうか。
家族にも、友人にも、もう二度と会えないのだろうか。
セルゲイとマリーの家で一室を借り、
夕食を終えてから1人になると
ふつふつと不安や寂しさがこみ上げてくる。
魔法もファンタジーも嫌いではないが、
自分のこれまで積み上げてきた大切なものを
全て失ってまで手に入れたいものではない。
「……家に帰りたい」
セルゲイは知らないと言っていたが、
異界の住人が元の世界に帰ったことがあるのか。
その疑問の答えはまだ出ていない。
泣くのは方法を探してみてからでも遅くない。
謎の円陣でこちらに来たのだ。
もしかしたら反対に帰れる魔法陣があるかもしれない。
マイナスなことを考えれば
どんどん気持ちが沈むし、泣きそうになる。
葵は必死に自分を奮い立たせ、
帰れるかどうかについてはひとまず考えないことにした。
最終的な目標は自分の世界に帰ること。
その方法を突き止めること。
そのためには恐らく王族への接触が避けられず、
セルゲイの話を聞いた限りカイウス帝国に行くべきだろう。
だが、事を急いては仕損じる。
まずはこの世界の常識、生活や金銭の感覚を身につけ
生きていく力を付けなくては。
この世界に疎い扱いやすそうな小娘と思われたら
交渉すらできない。
目的とやるべきことがはっきりしたら
少しずつ頭がクリアになってきた。
思案を巡らせること数時間、緊張と疲れもあり、
気付けば葵は深い眠りに落ちていたのだった。
今回は葵の心情語り。短めです。