精霊の加護
「……そうだな、実は儂は若い頃にこの国の騎士団で働いていたんだが………異界の住人に関する伝承では、元の世界に帰ったという話は聞いたことがないな」
そうなんですか、と平静を装って呟いたはずだったが、
やはり少し気落ちして見えたようだ。
セルゲイは申し訳なさそうに続ける。
「だが、聞いたことがないだけで、帰れないかどうかは分からない」
「そう…ですね。すみません、気を遣わせて」
「異界の住人に関する伝承や書物は王族が管理していることが多い。王族と接触すれば、情報も集めやすいはずだ」
「王族ですか……」
「あとはアウスト国ではなく、カイウス帝国に行くことだな」
「カイウス帝国……確か、この世界で最大の国家でしたね」
「カイウス帝国の王族と宮廷魔導師団は異界の住人について調べていると聞いたことがある。何か知っているかもしれない」
自分のように別の世界から人間が来ることが
そんなに頻繁でないとすると、
過去の事例を後世に残すためには
書物などに書き記すか、その話を語り継ぐ組織が必要だ。
国家に関わる重要な伝承を語り継いでいくとしたら、やはり王族だろう。
「それで、どうする?アオイが望むならすぐにでもアウスト王家の知り合いに連絡するが」
「…その件なんですが……一晩考えさせていただいても良いですか?少し、混乱していて……その、一晩泊めてくれ、って言ってるようなものなんですけど……」
恐る恐る小声で申し出ると、
セルゲイはそれもそうだな、と笑って承諾してくれた。
マリーに至っては大層喜んで、
腕によりをかけて料理をしなくてはとはしゃいでいる。
国益を優先するならすぐにでも王家に連絡するべきなのだろうが、
自身の気持ちを尊重してもらえたことが葵は嬉しかった。
仮にこれが夢でないとして、最初に出会ったのが
この2人で良かったとしみじみ思う。
それこそ先ほど話にあがった、魔法を悪用しようとする組織に
見つかりでもしたら危なかっただろう。
この世界の常識や仕組みに無知な自分が
いいように扱われる様が目に浮かぶ。
そう、それはどの場所に置かれても同じこと。
この世界の常識や感覚を身につけなければ、搾取されるだけ。
都合の悪いことは知らされずに
都合よく使われる可能性だって十分にあるのだ。
私には精霊の加護があるから好き放題して暮らせるんだ、ラッキー♪
なんて思えるほどおめでたい頭はしていない。
無事に生きていくためにどうすべきか。
まずはそれを考える必要があった。
セルゲイの言う通り、国に異界の住人として
保護してもらえば衣食住には困らない。
だが、魔法絡みで何かを要求される可能性があること、
そして誰かの庇護のもとで生活をしていくことになること。
国の中枢、それも王族がいるのだ。
何らかのしがらみに巻き込まれる可能性も大いにあるだろう。
どう考えてもおいそれと飛び付くわけにはいかない。
ふう、と小さくため息をつくと耳元で小さく声がした。
『ねえねえ、どうしたの?疲れたの?』
「さすがにちょっと疲れたかな…これが夢かも分からないし」
『夢??起きてるのに?』
「やっぱり起きてると思う?……って、あなたは、誰?」
視線を耳元に向けると、そこには小さな生き物がいた。
形は人のようだが、大きさが手のひらの半分くらいのサイズである。
そして小さな羽が生えている。
『わたし?私は緑の精霊。あなたの魔力が気持ちいいから、ついてきちゃった』
「精霊!」
『ちょっと話聞いてたけど、あなたはアオイって言うの?』
「そうだよ。よろしくね」
これが!これが精霊!と頭の中で半ば叫びながら
目の前に飛んできた精霊を両手のひらでキャッチする。
「かわいい〜!精霊ってこんなにかわいいんですね」
精霊をキャッチしたまま振り向くと、
セルゲイとマリーは驚き半分嬉しさ半分のような表情をしていた。
「儂たちにはアオイの手のひらの上に光があるようにしか見えんが、アオイには精霊の姿が見えるのか」
「精霊に愛されているのね。姿は見えないけれど、とてもあたたかくて心地良いわ」
「姿が見えるかどうかも人によるんですね…」
『なぁに?私の姿が見たいの?』
「うん。2人も精霊の姿が見たいんじゃないかなって」
『ふーん?そういうものなの?良いよ』
精霊の周りが一瞬強く光ったかと思うと、
その直後セルゲイとマリーが驚いて声をあげた。
「何と!儂にも見える…!」
「まぁ…こんなにかわいらしい姿をしているのね」
精霊の気分次第では魔力の低い者にも姿が見えるようになるらしい。
2人の反応に満更でもなさそうな精霊は
ふふんと得意げな顔をして家の中をぐるりと飛び回る。
その軌跡にキラキラと光の結晶があふれ、消えていく。
葵は自分の世界では見たこともないような光景と
自分を慕ってくれる小さな存在に
不思議なあたたかさを感じたのだった。
大体設定に触れられました…!
少しずつ雑貨屋パートに入ります。